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「初めての発情期は、どうだったか?」
シルバーフレームの眼鏡の下、厭らしいねっとりとした笑みを浮かべる水城に、瑠輝の本能は身の危険を察知した。
「独りでの発情期は⋯⋯心細く、なかったか?」
一歩ずつじわりと瑠輝へ距離を縮める水城に、無言で睨みながら逃げ道を必死で探す。
これ以上、下がっても背後にドアはない。外部からの侵入を防ぐため、十分過ぎるセキュリティが整ったこの場所は、もう前へ進むしか逃げ道はないことに気がつく。
ほとんどのオメガがシェルター内部にある高校へ通っているせいか、運悪く誰も部屋の外へ出て来る気配はない。
「次の発情期は、教官である私が手取り足取り、直接指導をしてあげようか?」
無言を貫きながら、瑠輝は必死に首を大きく振る。
「遠慮しなくていいんだよ? 瑠輝のフェロモンで狂わされた、変なアルファの番にされてしまうより、余程素性が知れた私の方が良いだろう?」
水城の手があっという間に瑠輝の左頬へと伸ばされ、学ランの上からでも分かるヒヤリと冷たい壁の感触に、この先はもう行き止まりであることを知る。
――どうしよう。逃げる方法はもう、水城を振り切るしか、他に方法は⋯⋯。
大声を上げたところで、オメガの発情期に耐えうるため、厳重なセキュリティと特殊な加工がされたこの建物のことだ。全く、外には届かないだろう。
不意に先日の夜、アルファ用の催涙スプレーで水城を撃退できたことを思い出す。
ベータ相手の水城に、再び使用できるとは思わない。
だが今のところ、ここを突破するための良案が他に浮かばないのだ。
擦り寄る水城と密着したくなくて、瑠輝は学生鞄を盾代わりに、そっとお互いの身体の間に挟む。同時に、催涙スプレーをすぐ鞄から取り出せるよう、さり気なく鞄のファスナーの取っ手を利き手の右側に触れる場所へと持ち直す。
「私は瑠輝の嫌いなアルファじゃない。ベータなのだから、発情期の瑠輝を抱いても何も問題は起きないはずだが」
水城の顔が自身の顔へと重なろうとしたところで、瞬時に瑠輝は鞄のファスナーを開ける。先日と同じスプレー缶を取り出したところで、それを水城の眼前へと突き出した。
「これ以上、僕に近づかないでください。これ以上近づいたら、またこれ吹きかけますよ」
「る、瑠輝? こ、これは一体?」
明らかに、水城は激しく動揺する。
「確かに僕は、アルファが嫌いです。だからと言って、ベータだから誰でもいい訳じゃないです」
「――そうか。と言うことは、ここへ発情した瑠輝を運んで来てくれたベータの男、だったら良いという訳か?」
水城のレンズの奥がぎらりと光り、その奥の瞳も妖しく光った。
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