第2編 出会い

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第2編 出会い

 河合由紀と付き合い始めたのは、三年前の秋だった。肌寒くなり、クリスマスに一人でいる姿を嫌でも想像してした頃、珍しく誘われた合コンに参加したのがきっかけだった。  もともと口下手で、話すのが得意でなく、飲み会に参加しても面白いと思うことが少なかった。だから、自然と飲み会は断るようになっていて、いずれ誘われることもなくなっていた。  ところが、その時は参加人数がどうしても足りなくなり、遼太は誘われた。「他に誘う奴が誰もいなくなったから誘ったけど、まさか承諾の返事が来るとは思わなかった」というのが、その合コンの幹事役の後日談だ。  合コンの間中、遼太は喋ろうとしたものの、流行りのお笑いタレントの話や、ハロウィーンの仮装などの話に、全くついていけなかった。 思ったことを何でも良いから言って、話に入っていけばいいのに、元々話は得意ではないので、自分が変なことを言ったせいで、場が白けてしまうのが怖かった。  結局、二時間ほどの一次会で、二、三言しか喋らず、終わりが来てしまった。 「今回も失敗だったな」  そう思って、最悪の気分でひっそり帰ろうとした。駅に向かって十歩くらい進んだ。そのとき、声をかけてきたのが由紀だった。 「三井さん、今日は全然お話しできなかったけど、二次会行きますか?」  由紀は、一次会の間、控えめに周囲と会話を合わせていた。あまり目立つ行動はしていなかった。とはいえ、結構かわいかったから、男たちは皆、間違いなく注目していた。そんな空気を遼太は、一次会でひしひしと感じていた。  こんないい子が話しかけてくれるなんてびっくり。でも、社交辞令だろうなと思う。だから、こう言った。 「いや、今日は疲れたので帰ろうと思います。また会えたらいいですね」 「そうですか、残念。ではまた。………なんていうと思いましたか? 今日仲良くならなかったら、次会う確率なんて、まずゼロです。もし仮に、三井さんがみんなと話すのが苦手だったら、私と二人で二次会しませんか? もし断わるなら、私はショックでこのまま帰ります」  話すのが苦手なのは、やはりバレていたか。「でも、なぜ俺に?」と思う。怪しい商品でも売り付けられるのだろうか? さっぱり意味が分からない。でも、素直に考えるとうれしいし、チャンスかも知れないから、一緒に行けるなら行こうかなと思った。だから、正直な気持ちで言った。 「河合さんと二人なら幸せです。行きます。」 「うーん、じゃあ行きましょう」と言われた。  本当に二人で行けるのか?  からかわれた訳ではないのか?  その時、少し離れた所から女子の声がした。 「由紀、二次会行くでしょ? 由紀がいないと盛り上がんないよー」 「ごめん、私疲れたから、三井さんと同じ方向みたいだし、このまま帰る」  そして男たちの必死で引き止める声がした。 「とっても美味しいデザートを出すお店があるよ。雰囲気もいいし、お酒の種類も多いし。歌が好きなら、カラオケに行ってもいいよー」 「今日は金曜日だしさ、思い切り遊んで、燃え尽きよー」  そのまま、由紀は向こうに行ってしまうと思った。自分といるより、彼らといた方が楽しいに決まっている。しかし、由紀は、彼らに向かって手を振った。 「ごめんね、またねー」  そのまま、急ぎ足で遼太の手を引っ張って、ネオンの光る人ごみの中へ進んでいった。  しばらく歩いた後、手を放して由紀は声をかけてきた。 「どこか行きたいお店ありますか?」  こういう時は、何か洒落た店を答えないといけない。きっと、この状況ではそれが正解だ。とはいえ、頭をフル回転させてみても、酒の酔いのせいか、全く思いつかない。いや、酒のせいではない。しらふの時でも同じだっただろう。今までお洒落な店で飲む機会など、多くはなかったのだ。 「ごめん、今思いつかない」 「じゃあ、帰りますか?」 「えっ、そんな…。どこか行きたい」 「分かりました。そしたら、あのお店とかどうですか? 静かで話が出来そうだし」 「はい」  店に入ると、外から見た印象どおり静かだった。だから、しっかりと話をするにはぴったりの場所だった。薄暗くて心地よい灯りの下で、洋楽が低い音で流れている。その曲が、ロックなのか、ジャズなのか、遼太には分からない。学校の授業で聞いたモーツァルトの曲とは感じが違うから、クラシックではないだろう。  二人用の席に向かい合って座ったら、由紀はテキーラサンセットというカクテルを注文した。遼太は、モスコミュールを注文した。モスコミュールは以前、飲んだことがある。ただ、どんな酒で、どんな味がしたか、全く覚えていない。しかし、この場ではこれを選ぶのが、無難そうな気がした。  生ビールを頼んだら、体育会系のノリノリの雰囲気を連想して、今の大人の落ち着いた雰囲気を崩しそうな気がした。ノンアルコールのウーロン茶などを頼んだら、「やる気ないの?」と思われそうな気がした。同じものを頼んだら、自分で考えない人だと思われそうな気がした。そんな訳で、名前を覚えていたモスコミュールにした。  由紀はじーっと見つめて来た。  何か話さないといけないが何と言おうか。  なぜ俺に声をかけてくれたのか聞いてみる? 知りたいけれど「なぜ?」って言われても、由紀さんは困るかも知れない。そんなことないだろうか。困らせる質問をして嫌われるのは嫌だから、少し考えよう。とはいえ、何か話さないと。そこで、かろうじて思い付いた言葉を口にした。 「ここ、いい雰囲気ですね」 「そうでしょ、以前の合コンで帰りに寄ったの。とてもいい雰囲気だったから、また寄っちゃった」 「以前も合コン行ったんですね?」  あれ? これ失敗の質問な気がする。「私を合コン行きまくり女だと思っているの?」と思われそう。でも「由紀さんが、毎回こんな感じで他の男を誘って、こんな風に向き合って話していたら嫌だな」と思って、つい聞いてしまった。  由紀は遼太の不安を察知してそれをカバーするように言った。 「うん、以前も行ったよ。その時は、男性陣とは別れて、女の子四人だけでここに来たけどね」 「そっか」  そっか、だけじゃなくて、何か言わないと!  そう思ったけれど、良い言葉は思い付かなかった。  飲み物が運ばれてきて、二人で乾杯した後、由紀は聞いて来た。 「ねえ、私のことどう思う?」 「それは、きれいだし、うーん、優しい感じがするし、なんか今夢みたい」 「はは、三井さんって、口下手かと思ったら、結構ストレートな表現するんですね」 「うん、昔はこんな時、考えすぎて答えられなかったけど、思ったことは素直に言ったほうがいいと学んだんだ」 「へえ、最初二人で二次会しようと言った時、私と一緒なら幸せだと言ったから、びっくりしたもんね」 「うん、正直に言った。…河合さんは、どうして俺のこと誘ってくれたの?」 「うーん、なんとなく。としか、今は言えないかな。まだ、三井さんのことよく知らないし」 「そうか、それでもいいや」  少しの沈黙の後、由紀が口を開いた。 「三井さんの趣味は?」 「僕は、一人でふらふら旅行するのも好きだし、本を読むのも好きかな」 「私も一緒だなあ。そういえば、今僕って言ったね? さっきは俺って言ったのに」 「うーん、まだ自分の河合さんに対するスタンスが固まってないのかも。でも仲良くなりたいと思ってる」 「うん、分かった。ちなみに、どんな本を読んだりするの?」 「こうすればうまくいくって書いてあるビジネス書を結構読んだりするかな。昔は結構小説を読んでたけど、しばらく読んでない。現実の世界で成功したいから、役立つ知識を吸収した方が良いかなと思って」 「そうかあ、私は小説読むけどな。面白いのがいっぱいあるよ」 「じゃあ、僕も読もうかな。おすすめは?」 「ううん、別にいいよ。三井さんと私は好きなジャンルも違うと思うから、無理に読まなくてもいいの。一人旅はどこ行くの?」  遼太は得意な話題を振られて、饒舌になってきた。 「こないだ行ったのは京都。京都タワーのホテルに泊まって、清水寺とか、銀閣寺とか言ったよ」 「へえ、行動派だね。私も一人旅したことあって、奈良に行ったよ。奈良公園の鹿たちがかわいかった」 「へー、鹿がいっぱいいるところだよね、一度行ってみたい」  そんな会話をしながら、一時間半があっという間に経ち、そろそろ帰ろうということになった。電話番号を交換して、「じゃあ、またね」と言って、その日は別れた。駅まで送ると言ったけれど、やんわりと断られた。  遼太は家に着いて、なかなか寝付けなかった。すぐにでも、由紀さんに電話したかったが、夜も遅かったし、さっき話したばかりなのに、せっかちな人だと思われても嫌だったから、その日は我慢して、胸に幸せを抱えたまま、布団に全身まるごと入った。そのまま、眠れないまま一、二時間過ぎたが、やがて眠りに落ち、よく眠れた。  朝は、雀の鳴き声で目が覚め、窓から差し込む日射しに迎えられた。ベタだけど、ホッペタをつねってみると痛いから、やはり現実だったのだろう。自然と昨日を思い返し、由紀さんは、とても魅力的な人だったと、そればかり考えていた。
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