聖樹たん

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聖樹たん

とある場所で目覚めた私。 ふぁ? ここどこ? 森の中、光あふれる苔広場。あっちもこっちもモスグリーン。 感覚を研ぎ澄ます。幾つもの苔むした岩、小川のせせらぎ、草むらに隠れる小動物、地面を這う虫たち。 空青し、雲白し。周囲は静かなもんである。 ピーヒョロロ~と鳥が飛んでるくらいで飛行場近くに住んでいると騒音たる飛行機は、ない──────という情報が頭を掠める。目で見たわけじゃない。耳で聴いたわけじゃない。感覚として、周囲の情報が私の中に入ってくる。 私……私は木。一本の木。 緑の葉をもち、太い幹をもつ、樹齢数千年の樹木である。 数千年目にして意思をもったらしい。私は私として目覚めた。 この世界は地球とは異なる世界。惑星の概念がなく宇宙ましてや銀河の概念もない。 世界を一つの台地と捉え、その上に海があり、森があり、人間とモンスターが暮らす箱庭の世界。 人はモンスターを狩り、餌にして生きている。どうやって狩っているかというと魔法だ。この世界には魔法がある。 と、このような情報も、自我の芽生えと共に頭の中で閃いた。この世界の情報など、どうして頭の中に湧くのか。私は誕生してこの方、ここに根を下ろしていただけなのに。 更に奇妙なことに、もう一つの世界の情報も私の中にある。地球だ。地球という惑星にある日本列島。日本という国で、一人の人間として生き、死んだ記憶がある。 そこで、日本で、私、私は……。 腐女子でした。 やっべ。腐ってたわ私。めくるめくヲタクしてたわ私。 漫画・アニメ・映画を閲覧視聴拝読しまくり、推しメンをつくっておっかけ、同人誌を買い漁る典型的腐女子たぁ私のことだったよ。 気づいた。気づいちゃった。あわわ。これ、異世界転生ってやつだ。どうしようドッキドキ。本当にあるんだねえ異世界転生。ラノベの中の出来事なだけじゃないんだねえ。 ええ、小説の方も読ませていただいてましたよ。異世界転生悪役令嬢ものとか、ゲームの中のモブに転生とか。主役だろうがモブだろうが転生は転生どれも美味しく読ませていただいておりました。 原作者は神。ハァハァしてごめんなさい。好きだからゆるして。 ハハハ。するってえとなにか。私は転生して木になったと。そういうことかい。ハハハ。 木ぃーーーーーーぃぃ?!?!?! 待って。木? 木て?! 有名なとこでスライムとか、蜘蛛とか、ゴブリンとか、オークとか、モンスター系は知ってるよ。木は? 木の人いた? ただの木に転生した事例ございました? 教えてーー誰か異世界転生に詳しい人、教えてーーぇぇ 数千万数億と日々生み出されている異世界転生もの。きっと木に転生した奇特な物語もあるだろう。 まさか自分がそうなっちゃうとはな! ははん! 私は根がポジティブなんである。木だけに根っこがな! ははは(渇いた笑い) 前世でもそうだった。ひゃだ前世とか言っちゃってるカッコイイ。 陰キャか陽キャかと問われれば、陽気であどけない末っ子タイプと答えるだろう。 私ポジティブうえ~い。 しまった。頭の軽さを露呈してしまった。甘えん坊な末っ子であり勉強苦手でスポーツはまあまあ部活動でバスケやってたかな。高校は私学。専門学校出て働いて、結婚して働きながら子育てして……普通に死んだと思う。 死ぬまでずっと腐女子でした。 孫の一人がボーイフレンドを連れて来た時とか萌えたわ。孫、男の子だからね。ボーイなフレンドも、もち男の子ですよ。 はい、お前たちキスしろ。婆の目の前でブチュッとやれ。とは死ぬ前には言わなかったけど、死んだ今なら言ってもいいよね。 あ~孫たちのキスシーン拝みたかった。 ぶっちゃけBLが見たい。 BL養分が足りない。 木だけに、栄養素として光と水の他にBLを所望します。 なんてこった。またもや気づいてしまった。お腹減って気づいた。木としての本分、光合成も必要なんだけど、それより何よりBL成分が必要です。 お腹空いたよおおううぅ……。 もし人間だったらここで、ごきゅ~~ぐるぐるごきゅ~~~とでも派手に腹の虫が鳴ったことだろうに、如何せん私は木。幹の体内では地面から水を吸い上げる音くらいしか聞こえません。あと木の洞で昆虫とか鳥とか小動物が暮らしてる音。私の全身あちこちで色んな生物が共存してんだよね。 …残念ながらホモはいないな。 ここにいる生物たち、正当な種の保存に一生懸命なんである。私の腐れ脳を満たしてくれる生物はいない。悲しい。婆哀しい。前世、婆として死んで、今世も既に樹齢数千年。私は婆の中の婆である。 …て、あれ? 今世の木、木の私って…女? それとも男? あれ? あれれ? 分からない。世界の色んなことが分かるのに、自分の性別だけ理解不能だ。 性別不明でも腐女子としての心はある。 BLを要求します。BLくろさい。 おーなーかーすーいーたー。ぐーぎゅるるるるごぎゅるっ うはっ。すっげえ腹の音が響いた。おかしいな。さっきはここまで下世話な腹の音なんかしなかったのに…。 意識したら前世の記憶と相俟って腹の音というやつが活性化しだしたんかな?謎。 ま、いいや。それよりこの音、誰かに聞かれてない? 聞かれてない? 聞かれてたら恥ずかしいよ。 私、枝を動かす。さわさわと葉が擦れ合う音で誤魔化す。こういう行動が実に人間くさいな、もう木なのに。 長い間、自分の腹の音をBGMに、体中をねぐらにしてくれてる昆虫たちの中からホモカップルを探すという四つ葉のクローバー探しより難易度高いことをしながら、暇を潰していた。 いやーマジいねえなホモカップル。ははっ(超絶渇いた笑い)
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