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高校に入学して間もなく、部活勧誘なんてものがあり、もちろん大半は声を掛けられるのすら疎ましいような騒がしいものばかりだったけれど、ただ1枚の手作りの勧誘チラシに、ひどく惹かれた。
それは美術部のもので、顧問が描いたというそのチラシに載っている夜の風景画は、なぜか僕の心を捉えて離さなかった。
父が再婚するということが決まり、新しい家に向こうの家族と住むことになるというので、なるべく家にいなくて済むように、部活に入ることも考えてなくはなかった。
美術部なら、同じ部内でも他人とそんなに関わらなくてすむかもしれない。
絵を描いたりしたことはそんなになかったけど、1人で眺めたりするのは嫌いじゃなかった。
なにより、あの勧誘チラシの絵がなぜか忘れられなかった。
…もし部員が多かったり、うるさそうだったりしたら止めとこう。
そんな気持ちで初めて放課後に訪れた美術室。
誰もいないそこに佇むみたいに1人で絵を描いていたその人が、前野先生だった。
「…何か?」
先生の周りだけ空気が違うみたいに感じた。
ゆっくり穏やかに問いかける低めの声が、周りの空気に溶けてくみたいに耳に響いた。
「…あ…。僕、美術部の勧誘のチラシを見て…。」
どうしてこんなに胸が騒がしいのかわからなかった。
「あぁ。」
先生が筆を置いて立ち上がる。
ゆっくりと歩み寄る。
近くに立つと、少し見上げなきゃいけないくらい、ゆらりと背が高かった。
「1年生?」
「はい。」
「部員はね、3人しかいなくて。2年生2人と3年生1人。2年生の二人は所謂幽霊部員ってやつで、滅多に顔を見せないし、3年生も塾が忙しいみたいでほとんど来ない。」
「あぁ…。」
「それでも良ければ、歓迎だよ。…絵は好き?」
先生の穏やかな笑顔に、僕は気づけばただそのまま頷いていたのだった。
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