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そしてあの日聞いた、先生の結婚。
先生の左手の薬指には新しい指輪が光っていて、もうその掌は僕に触れることはなかった。
今までのことがまるでなかったかのように、ただの『顧問の先生』の態度をとるようになった前野先生の顔を見るのが辛くて、美術室に行かなくなった。
また僕は、いらない子になった。
そのことが辛くて、淋しくて、堪らなかった。
何に気を使ってるのかやたらと話しかけてくる大和は無視して、ネットで知らない人と会話することで淋しさを紛らわせた。
僕のことをなにも知らない人と、繋がる方が楽だった。
そのうち、話すようになった1人の人。
父さんと同じくらいの歳のその人は、優しくて、いつも真摯に僕の話を聞いてくれた。
やりとりしていくそのうちに顔も知らない僕のことを可愛い、好きだって言うようになった。
また、先生みたいに僕を必要としてくれるかもしれない。
身体でもなんでもいいから、僕を満たして欲しかった。
親がいない日を狙って会いにいった結果、とんでもなく酷い目にあったけど。
…殺されなかっただけマシだった。
道具だのなんだの使われて色々突っ込まれて酷くされた上に、絶倫だったそいつは何度も何度もしつこく突き上げてきて。
やっと解放されたときには身体中がやばいことになっていた。
お腹が痛い。
怖い。
こんなこと、するんじゃなかった。
自業自得の最高のバカだ。
貰ったお金で仕方なくタクシーに乗り、余ったお金は気持ち悪くてその場に捨てた。
なんとなく大和の顔が浮かんで、今だけは会いたくないなんて思っていたら見事に玄関で鉢合わせた。
今度こそ詰みだな。
流石に親にはバラされるだろうし、大和自身もこれからは僕を汚いものみたいに見るんだろうな。
わかってるよ。
いらない上にこんなことしてるヤツなんて救いようがないことくらいわかってる。
こんな僕の存在理由なんてないだろう。
いっそ蔑んでくれた方が楽だ。
なのに大和は、泣いた。
怒るでも、笑うでも、罵るでも、バカにするでもなくて。(いやバカとかアホとかすまし汁とかは言われたけど。)
僕のために、泣いた。
自分を大事にしろって。
なんで?
なんで関係ない大和がそんなこと言って泣くの?
僕のことなんてどうでもいいはずなのに。
あんなに嫌な態度ばかりをとってきた僕なのに。
僕のために泣くヤツなんて偽善者だって、いつもなら思うのに。
そんな言葉すら出なかったのは、大和が泣きながらも真っ直ぐに真っ直ぐに僕の目を貫いていたからだった。
そして聞かされた大和の言葉。
僕を好きだなんて、まさか大和の口から紡がれるなんて思わなかった。
なんで、こんなに温かいんだろう。
なんで、こんなに涙が出るんだろう。
なんで、今まで誰にも話せなかったことを明かしているのだろう。
大和の胸も、手も、声も全部全部温かかった。
大和に、傍にいてほしいと本気で思った。
いらない僕の傍で、大和なら、そんなことないよって言って笑ってくれる気がした。
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