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「湊の部屋くんの久しぶりぃ。お、ダイエットフードがある。またやってんのぉ? 何回目ぇ?」
「忘れた。けど大丈夫。今度こそ成功させる」
「成功させる? そーれーはー、好きな人できたからぁ!? きゃははっ。めっちゃウケる!」
ぶーっと吹き出した友達の桃は、ひっくり返ってミニスカートから伸びた足を豪快にバタつかせる。
唯一の友達に何も言い返せないダイエット負け組の私は、ストローで残りを飲み干して恥ずかしさをやり過ごす。
笑い終えてすっきりした顔になり、胡座をかいた桃はきょろきょろと部屋の物色を始めた。
「あ、サボテン育ててんだあ。あーし、水やりすぎていっつも枯らしちゃうんだよねえ。愛情キャタピラーっつうの?」
「サボテン枯らすのって相当だね……。ていうか、まさか愛情過多のことじゃないよね?」
「あ? 間違えてねーだろ。男友達がさあ、キャタピラーとかスラスターとかやたら横文字使うんだよねー。覚えちゃってさあ」
「そう、男友達がね……」
「へへ、男と話してると頭よくなるんだぞ。みなトンも早く痩せてモテな」
「簡単に言うけどさ……」
「みなトンって暗いよなー。黒魔術とかやってそー。げ、本当に持ってっし」
今度は本棚を見て、桃はうわーっと口に手を当てる。
桃は中学までは地味な子だったのに、高校デビューして姿も性格も激変してしまった。
スレンダーでお洒落でスクールカーストのトップ。
未だぽっちゃり陰キャの私は、こうして大人しくダイエットに励むくらいしかない。
「そんなみなトンにぃ。ダイエットが成功するよう祈ってトリックオアトリートン。はいこれ!」
「トンは流石にやめて欲しいな。明らかに豚の意味で使ってるよね……」
と言いつつ、口元がにんまりと緩む。桃はオツムが弱いけれど根は優しい子なのだ。ていうか唯一の友達だから優しくないと困るのだ。
「ありがと。でもごめん。私用意してないや。……何これ。枕カバー? え、お菓子が入ってる」
「そ、枕カバーの中にぃ、みなトンが大好きなマーブルチョコをいぃっぱい入れたからぁ。好きな時に好きなだけ食べるといいヨ!」
「へ?」
「だからぁ、あーし愛情キャタピラーだからぁ。いぃっぱい水あげてみなトンを枯らすのさぁ」
「なっ、何それ。私、ダイエット中って言ったじゃない!」
「ガタガタうるせーなあ」
桃は笑いながら私の腹の肉を掴む。真顔になり、声を一段低くした。
「――毎日見にくるからな。枕カバーは絶対捨てるなよ。捨てたら絶交だからな」
桃は本当に毎日うちに来た。そして減っていくマーブルチョコを見ては追加を補充していった。
明らかにいじめだった。いつかは桃との関係が変わるかもしれないと思っていたけれど。まさか本当に桃が友達じゃなくなる日がくるなんて。
一週間後、コーンと甲高い音が夜空に鳴った。
私が藁人形に釘を打ち付ける音だ。桃の写真は持っていなかったから、撮った桃の画像をスマホに表示して、そのまま藁人形ごとコーン。バッキバキに割れていくスマホに快感を覚えて自然と唇が歪む。
「許さない。絶対に許さないぃ。桃ぉ。ブクブクに太ってキャタピラに踏み潰されるがいい! スマホなんぞ惜しくもないわ。だってもう誰とも連絡する必要ないしっ!」
泣きながら、口の中いっぱいに詰めたマーブルチョコをガリガリと噛み砕く。甲高い音は連夜に及んだ。
二ヶ月後。姿見の前で信じられないと頬を押さえる私を見て、桃はニヤニヤ笑いながらベッドの上でマーブルチョコをつまんでいた。
「みなトン改め、みな鶏ガラ! ダイエット成功おめでとー!」
「桃、私、ハロウィンからどんどん食欲が落ちていったの。どうしてだと思う……?」
「マーブルチョコだよ。それしかないっしょ」
「え、あの枕カバーが……?」
「男がさあ。『アメリカで成功例のあるダイエット法だよ』って教えてくれたんだよ。食べすぎちゃう人って不安だから栄養を貯めよう貯めようとするんだって。だから逆にいっつもそばに食べ物がある状態にすると安心してフツーの食欲になんだってさ。人間って訳わかんねえよなっ。きゃははっ。面白っ」
「……そうならそうと言ってくれれば」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「言ってないよ!」
「だっけ? ま、いいじゃん。あーし、サボテンに水やりすぎる人だからさあ。やりすぎて湊の脂肪枯らしちゃったってね。てへ」
小さく舌をだす桃の笑顔を見て、私は無言で立ち上がり、机から新品の藁人形をとりだした。自分の顔に押し付けて桃に振り向く。
「何それぇ。仮装? ハロウィンもうとっくに終わってんだけどぉ。え、何これ釘ぃ?」
続けて釘とトンカチを押し付けると、桃は訳がわからないという顔で私と手元を交互に見る。
「打ち付けて」
「え?」
「お願い! あなたを疑ったどうしようもなく愚かな私を打ち抜いて。胸が痛くてたまらないの。早く! お願いぃ」
「ちょっ、泣いてる!? えーキモ。湊ってキモトンだねー。男の前ではやめろよ。これからモテモテになるんだろ。キャハハッ」
「お願いだからやめてぇ」
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