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◇
新プランの紹介に訪れた先で、家の奥さんにえらく歓待される。
紅茶にケーキまで出され、何事かと訝しんだ。
「うちの亜弥、勉強はからっきしで」
「はあ」
山内さんには娘が二人、亜弥というのは高校生の長女だったかな。
「啓太くんのおかげで、英語の成績が上がったって」
「え? 啓太?」
いきなり息子の名前が登場したため、持っていたカップを慌てて皿へ戻した。
どういう繋がりがあるのかと、頭をフル回転させる。
高校生の娘さんに、同じく高校生の息子。推理すること自体はえらく簡単だ。
「うちの啓太をご存じなんですか?」
「あらやだ。同級生だもの、そりゃ知ってるわよ」
啓太の同級生なんて、私は一人も知らないのに。
高二で同じクラスになった時から、二人は仲良くなったらしい。
亜弥ちゃんの方は、啓太のことをちょくちょく話していたようだ。
夏休みがそろそろ終わろうかという頃、啓太はこの家を訪れる。以降、たまに亜弥ちゃんの部屋で家庭教師のようなことをしていたとか。
「今夜はご馳走を用意しておくから」
「まさか、息子は今夜もここへ?」
「それも聞いてないの? まあ、男の子は恥ずかしがりやさんだからねえ」
なんてことだ。
啓太に彼女がいたとは!
次はこちらから、菓子折り持って挨拶しにこないと。大失態じゃないの!
どうしてうちの息子は、こんな大事な話をしてくれないのか。いくら何でも、隠し過ぎだろう。
こうして私が亜弥ちゃんの存在を知ったのは、十一月初頭のことだった。
冷えゆく季節の中、進路とは別の意味でハラハラと息子を見守る日々が始まる。
ちゃんと彼女を大事にしているんだろうか。
親御さんにはしっかり挨拶出来たのか。
うちの家にも連れてくればいいのに。
あまりに我慢し切れなくて、亜弥ちゃんの名前を出して二度ほど問い詰めようとした。
息子の顔が真っ赤に染まったのは、照れが半分、怒りが半分といったところか。
やめとけばいいのに、彼女の好みや誕生日まで聞いたのはマズかったかも。
本人はあくまで友達だと言い張っていたものの、それならあんな反応はおかしい。
母をナメ過ぎだ。
正直に言うと、私の内心も複雑なものがある。亜弥ちゃんと会ったら、さらに心は乱れるだろう。
今すぐにでも会いたいような、まだ早いような。
あの人の形見として、啓太は立派に育ってくれた。
私もいずれ、子離れを覚悟しないといけない。
亜弥ちゃんのところへ行くことを、息子ももう堂々と伝えてくる。明日も遅いから、そう啓太が告げるのは決まって夕食の直後だ。
二階へ消えて行く息子の背を、少し寂しく眺める私だった。
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