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朝。
夜の嵐が嘘みたいに、穏やかな空がそこにあった。
「おはよー。あら何ー?あんたたち眠そうねー。夜眠れなかったの?雨と風うるさかったもんね。」
「うん…。顔、洗ってきます…。」
昨日のことを思い出したのか、凛が少ししおらしい態度で洗面所へと向かっていった。
可愛いなぁ…と思いつつ、ふぁぁ…と大きな欠伸をする俺に、母が鋭い目線を向ける。
「あんたねー、仲良いのはいいけど家じゃほどほどにしときなさいよー。」
「うぇ!?」
母の一言に俺は思わず口に含みかけた水を吹き出した。
「な…、な…?」
「あんな可愛い凛くんがこんなアホの息子とねぇ…。」
はぁ…と大袈裟にため息を吐く母に俺はそのままフリーズしてしまった。
「あたしが何も気づいてないとでも思った?あんまり母を舐めないことね。」
「いや、その…。」
待って待って。
母は一体いつから、一体何を知ってるんだ!?
しかしそれを確かめるだけの勇気なんて俺にはなかった。
隠しとおすためのうまい言葉すら出ずに固まり続ける俺に、母のターンは続く。
「あんた、智之さんに50発くらい殴られる覚悟しときなさいよー。智之さんほんっと凛くんのこと大事に思ってるんだからね。もう凛くんのことが好きすぎて、顔見てるだけで愛しくて涙が出てくるくらいなんだから。」
「え…。」
いつか凛が言っていた、『父さんはいつも僕のこと、どうしたらいいかわかんないって顔してる。』という言葉を思い出した。
「不憫な思いをさせてるって、顔見るたびに涙が出そうになるし、可愛すぎて何にも言えなくなるんだっていつも困ったように言ってるのよ、智之さん。」
「そっか…。」
凛のことになると智之さんが困ったような顔をするのは俺も感じていた。
…そうだったのか。
凛が愛しくて愛しくて、どうしたらいいかわからなかっただなんて。
智之さんの優しい笑顔が浮かんで、なんだか胸が熱くなる。
「そんな智之さんの人生の宝物みたいな凛くんをアンタ…。」
「や、…それは…、まぁ…ほんとに…。
…100発は殴られるの覚悟しときます…。」
認めざるを得ない俺に母は小さく笑う。
「…あんたに可愛い彼女が出来るようにってあたしも祈ってたけど、神様もなかなかの変化球投げてきたわねー。」
「…。」
あまりにも明るく母が言うので、俺は逆に不安になって母に溢した。
「…あのさ…、いいの…?…その、男同士だとか…、義理とはいえ兄弟だとか…。」
「えー?いーんじゃない、別に。こういうのはね、ダメだって言ったら余計に燃え上がるもんでしょ?一緒に住んでんだから、逆に堂々と二人でいられるじゃない。凛くんしっかりしてるから、あたしは安心だし嬉しいけど。」
「…ん。」
「ま、凛くんが明るくなったのは事実だし、凛くんにとってもあんたみたいに何にも考えてないくらいなのが丁度いいのかもね。」
「言い方…。」
軽い脱力感はあるが、優しげな母の表情は有り難かった。
「凛くん泣かせたらあたしも承知しないからね。…ほんであんたも、幸せでいなさいよ。」
「ん…。…母さん、ありがと。」
母はそれ以上何も言わず、穏やかな顔でダイニングテーブルを拭く。
そこに、顔を洗い終えた凛が戻ってきた。
なんだか穏やかな俺と母の表情に気づいたのか、
「何の話?」
と首を傾げる。
「んー?智之さんが凛のことほんとに大事なんだ、って話。」
「…何それ。」
さっぱりわからない、と言った顔を凛は浮かべる。
「ついでに言うと俺も、ついでのついでに言うと母も、みんなみんな凛が大事なんだって話。」
「…わけわかんない。」
いつものように返す凛の、でも確かにその表情はとても優しくて穏やかで、嬉しそうだった。
「さ、朝ごはんにしよー!」
母が忙しなくキッチンの中へと戻っていく。
その姿が後ろを向いた瞬間に、俺は凛を抱き寄せて耳許に唇を寄せた。
「…でも、凛のこと一番好きなのは、大好きなのは俺だから。」
「…っ」
凛の頬が一気に赤くなる。
「…不意打ち、ずるい…。」
「なにー?なんの話ー?」
美味しそうに焼けたトーストや、目玉焼きやウインナーなんかが乗ったお皿を持って戻ってきた母が笑顔を向けた。
「なんでもない。全部俺のせいって話。」
頬を染めてこっちを見上げる凛を見つめながら、俺も幸せな笑顔をつい溢してしまうのだった。
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