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 人間の記憶なんてあてにならない。ましてや小さい頃のものなんて――。  父方の田舎には二階建て相当の高さを誇る割と大きな土蔵があった。土蔵のすぐ側には如何にも祖父の手作りといった風情の傾きかけた物置があって、その外観に見合う廃材利用バレバレの古びたトタン屋根が取り付けられていた。  リヤカーやら農機具やら、幼い僕には無縁の物が詰め込まれたそこに、ただひとつカケガエのない宝物が「いる」ことを、去年の夏に発見した。  父にも母にも……そうして、もちろんいつも僕の上前を跳ねる兄にだって内緒の宝物。  柔らかな薄茶色の体に生えた、思わず触れたくなるようなフワフワの毛。顔の両サイドについた、小さくてつぶらな瞳(本当は七つの複眼が集まっているものらしいんだけれど!)。か細い足を巧みに使って後ろ向きに進む、ユニークな歩み。極めつけは頭部先端から鋭く伸びる、二本の角――大あご――だ。  どれをとっても僕の心を魅了して止まない、営巣性(えいそうせい)のウスバカゲロウの幼虫――アリジゴク――。  同年代の友人達が、カブト虫だのクワガタ虫だの騒いでいるのが馬鹿らしく思えてしまうくらい、僕はこの小さなハンターの(とりこ)だった。
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