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「剛、一人? お兄ちゃんは?」
田舎を訪れたときの僕は――少なくとも自宅にいるときよりは――自由だった。
幼少時には余り僕らの側を離れることのなかった母親が、そのときばかりは久々に再会する親戚たちの相手で大忙しだったからだ。
麦藁帽子をかぶり、片手に空き瓶を持った僕に、母が怪訝な顔をして問いかける。
「兄ちゃんは、便所!」
三つ年の離れた兄――明――がトイレに入る機会を窺っていた、というのはもちろん秘密だ。
僕は、今朝田舎に着いた瞬間から一人で外出できるチャンスを今か今かと待っていたのだから。
十一人兄弟の末っ子。それが僕の父のポジションらしい。
戦争やら何やらで父自身、自分の兄弟の顔を全て覚えているわけではないという。
父が生まれたときにはすでに鬼籍に入っていた兄弟も幾人かいたからだ。
田舎の家には長男夫婦と祖父母の四人が住んでいた。
数年前まではいとこの宗雄さんと由香里さんも一緒に住んでいたらしいのだが、彼らは僕が幼稚園に入る頃にはもうそれぞれ所帯を持って独立していた。
僕にとっての宗雄さんと由香里さんは、いとこというより親戚のお兄ちゃん、お姉ちゃん、と呼んだほうがしっくりくる。いや、感覚からいくと叔父、叔母に近いかもしれない。
幼少時代の二十歳近い年の差は大きい。
つまりは互いの子供にそのぐらいの差がつくほど、末っ子の父と長男の省三おじさんは年が離れていたということだ。
十一人兄弟というのがどのぐらいの規模なのか、三つ上の兄がいるだけの僕にはイマイチ想像がつかなかったけれど、父が一回り以上年の離れた省三おじさんを親しげに「省ちゃん」と呼ぶのを聞くだけでも、十分不思議な感じがしたものだ。
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