貴方の瞳に映るのならば

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 少女は青年が眠ったのを確認すると、そろそろと本棚の影から出てくる。  青年の前まで近寄り、うたた寝をしている彼の様子を眺めた。彼の長い前髪が、呼吸に揺れている。  少女は少しためらった後、青年の眼鏡をそっと取った。  誰に見咎められる心配もない。  何故なら、少女の姿は普通の人間には見えないのだから。  少女の丈の短い着物から伸びる尾が揺れる。頭からはツンととがった獣の耳が生えていた。  少女は息が掛かろうかという距離で 「兄様」 と呟いた。 「私、帰ってきたんです。兄様に会いたくて。昔とは違う姿になってしまったけど。でも、こうしないと、幼い私の魂は消えてしまっていたから。私はを助けてくれた狐の妖は、とても良くしてくれました。行く宛てのない私を育ててくれて」  でも、と少女は目をふせる。  肩から髪が、はらりと流れた。 「どうしても兄様に会いたくて。ただひと目、お姿を見たくて。無理を言って人里に降りてきたのです。だけど、兄様は私を見ることができなかった。ただの人間には私が見えないことは知っていました。でも、それでも会いたかった。ただ、会えるだけで良かった。本心だったのです。だけど、兄様のお姿を見て欲が出てしまった」  少女はまつ毛を震わせてまばたきをする。 「兄様。どうか今、目を開けて。そうしたら、貴方の瞳に映ることができるから。一瞬でいい。貴方に見てもらいたいのです」  切々と語っていると、ふいに青年が目を覚ました。パチリと開いた目と合って、ドキリと心臓がはねる。  真っ直ぐな視線に射抜かれた少女は、思わず青年から飛び退いた。  青年は眠たげにあくびをして、傍らにいるぬいぐるみを抱き上げる。  愛おしげな手つきで頬をなでると、青年は部屋を出て行った。きっと、ぬいぐるみを元の部屋に返しに行ったのだろう。  ひとり取り残された少女は、深く息を吐いた。  ソファを見るとヒマワリの花束が置き去りになっている。その花を眺めて、どうせなら、ともらした。 「どうせ生まれ変わるのなら、狐ではなく花にでもなれば良かった。そうしたら、兄様に見てもらえたのに」  寂しげに目をふせる少女を、すっかり夜の帳が降りた窓から星が覗き込み、なぐさめるようにまたたいた。
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