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着物ごしでも心臓が忙しなく動いているのが伝わってくる。
こんなにも高鳴っていては青年に気づかれてしまうのでは、と息を吸って落ち着けようとした。
そこへ軽いノックの音がして、年配の女性が入ってくる。
「あら、お坊ちゃん帰っていたんですね」
少女は声の主を盗み見る。あれは確か、家政婦をしている婦人だ。
昔に比べてシワが増えた気がする。腰も曲がって縮んだように思えた。
青年はただいま、と目を細める。
その柔らかな微笑みに、少女は更に胸を押さえた。
(この方は、お変わりない……)
「まあ、上着を着て行ったんですか? 今日は暑かったでしょうに。やっと涼しくなったと思ったら、また暑さがぶり返しちゃったもんだから。開襟シャツでも良かったんじゃないですか」
「でも、もう衣替えになったから」
青年が言うと、全く真面目なんだからと呆れる。
溜息をこぼすと、青年の傍らの花束に気付いた。
「あれ、それはヒマワリですか?」
家政婦の視線を追って、あぁと青年はうなづく。
「そう。今日、帰りにとってきたんだ」
「もしかして、例の方にですか?」
いかにも興味津々といった風情で尋ねる家政婦に、まあねと答える。学生帽のつばをいじる仕草は、どこか居心地悪そうだ。
「この前、会った時にヒマワリが好きと言っていたから」
言い訳でもするように青年は呟く。
その様子を家政婦は微笑ましげに見ているが、少女の心情はそんなどころではない。
いったい相手は誰だろう、と『耳』がピコピコとが落ち着きなく動く。
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