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おもむろに青年は立ち上がると、少女の方に向かって歩いてくる。突然のことに少女は慌てふためいた。
しかし、本棚の影にいる少女に逃げ場などない。どうしようもなく、ただ青年との距離が縮まっていく。
(……ひえ)
ぱた、と軽い物が足に当たる感覚がした。
視線を落とすと抱いていたぬいぐるみが、足下に横たわっている。動揺のあまり手を離してしまったのだ。
青年は身をすくませている少女の前まで来た。
すると、そのまま素通りして近くのランプに手を伸ばす。すぐそばにいる少女に気付いた風もなく、明かりをつけた。
ふと床に転がっているぬいぐるみに目が止まる。あれ、と拾い上げた。
「どうしてコレがここにあるんだろう。妹の部屋にあるはずなのに」
家政婦にも見せてみるが、首を傾げるばかりで青年の問いには答えられない。
「さぁ。誰が持ってきたんでしょう。それより、お坊ちゃんはお疲れみたいですので、お茶をお持ちしますよ」
家政婦は座っているよう言い渡して退室した。
青年は肩をすくめると、言われた通りにソファに戻る。少女には一度たりとも視線をよこさなかった。
再びソファに腰かけると、ぬいぐるみを眺める。口元をほころばせて、懐かしいなと呟いた。
「あいつがいつも持ち歩いていたっけ。ずいぶんと古ぼけっちまったなあ」
そう言いつつも、ぬいぐるみをなでる仕草は優しい。
しばらくはぬいぐるみを抱いて物思いにふけっていたが、次第にまぶたが下がっていく。ついには船をこぎ始めた。
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