人生は、厄介事が次の出番を順番待ちしている

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人生は、厄介事が次の出番を順番待ちしている

 冒険者職業安定所には、冒険者のレベルを決定する検定員が常駐している。冒険者の職業によって、検定員は様々な検定方法でレベルを測り、記録する。身分は国に保証され待遇もいい。    時折、本来のレベルより高く記録するよう 、検定員に不正を持ちかける冒険者がいる。レベルが高ければ、それだけ報酬の良い仕事があるからだ。  国から雇用される可能性も高くなる。その為、検定員を買収した冒険者。買収された検定員が摘発される例が後を絶たない。     このレベル改ざん不正事件は、重要な事実を示唆している。可能なのだ。レベルの数値を変える事が。    黄色い長衣を纏った死神は、二度この小さな森の姿を変容させた。一度目の爆発とは比較にならない威力だった。  死神と勇者の武器を載せた馬車の周辺は、若木一本すら残らない荒野と化した。 「ふむ。これも防ぐか。そなた、やはり練達の頂きに足を踏み入れた者だな」    練達の頂き。それは、魔王と互角に戦えるまでに力量を備えた者に与えられる称号だった。   「タ、タクボが練達の頂き?そんな筈はないわ。彼のレベルは二十よ」    マルタナがタクボの後方で、ようやく収まってきた粉塵の中で目を開いていた。    タクボは再び魔法障壁でサウザンドの光の矢を防ぎ切った。しかしその代償に、先程から溜めていた魔力を使ってしまい、風の呪文が使えなくなった。    ウェンデルと黒衣の少年も、運良く魔法障壁内に居たお陰で、事なきを得た。    それぞれ味方の兵士が全滅している事は、この戦場を見渡せば一目瞭然だった。    紅茶色の髪をした青年と黒衣の少年は、タクボとサウザンドの戦いの凄まじさに絶句している。   「今の光の矢は私の呪文の中で、最も殺傷力がある。勇者の仲間の一人をも倒した呪文だ 。それを防いだのだ。疑いようが無い。」    マルタナ、ウェンデル、エルドの三人がタクボを凝視する。この使い古された革の鎧を身に着けてる男が、練達の頂きに到達している実力者なのかと。    タクボは期待と疑心の視線を背中に感じていたが、それ所では無かった。逃走の為に風の呪文はもう使えまい。  再び魔力を練る時間をあの死神が与えてくれる筈が無かった。ならば後は口先三寸でこの死地から逃れる他ない。   「勇者の仲間を倒したのか。それは君に取って大きな武功だな」   「その代償として、私が手塩にかけて育てた五人の配下がその者に殺されたがな。次代を担う優秀な者達だった」    死神は苦々しい表情を一瞬見せた。   「君が仕留めたその勇者の仲間は、相当な猛者だったのか?」   「女戦士だ。恐ろしい相手だった。あの場で倒して置かなければ、今頃、更に力をつけていただろう」   「ならば勇者にとっては、大きな痛手だったな」   「その女戦士は、勇者と恋仲だったらしい。怒り狂った勇者に対し、その時の私は撤退するしか術が無かった」    サウザンドは目を閉じた。思い出したくも無い記憶を思い出したのか、苦々しい表情を見せた。    タクボは心の中で反芻する。自分が引退生活を望んでいる間にも、世界では陰惨な血の流し合いが繰り返されているらしい。  魔王軍序列第一位。サウザンドは立場上色々大変なのだろうと。だがタクボは自分の平穏で慎ましい引退生活を邪魔する事は、魔王だろうと勇者だろうと、ご遠慮願いたいと思っていた。   「認めよう。君が言う通り、私は練達の頂きに到達している」   「私が調べた時は、間違いなくレベル二十だったわ。どう言う事なの、タクボ?」    マルタナが粉塵で汚れた顔を手で拭いながら抗議する。練達の頂きはレベルの数値で言うと四十以上だ。    あれは、タクボが冒険者職業安定所を通りかかった時だった。検定員と思われる五十代半ばの恰幅のいい男が、建物の裏で柄の悪い二人組に絡まれていた。  どうやら検定員の男は、法外な利息を取る金貸しから金を借り、取り立てを受けていた 。  返す当ても無く、検定員の男は困り果てていた。タクボはそれを見兼ねて、検定員の男の借金を肩代わりしてやった。   「と、言う訳だ。いい話だろう?」   「タクボ。その見返りに検定員を利用し、レベル数値を改ざんしたのか?」    ウェンデルの正義感を刺激したのか、彼は不機嫌そうだ。   「呆れた人ね。改ざんは重罪なのよ」    人を問答無用で死地に連れ込んだ悪女に説教される筋合いは無いとタクボは内心毒づく。   「でも分かんないだよね。普通、改ざんって本来のレベルより、数値を高くするんでしょ ?なんで低く改ざんするの?」    黒衣の少年、エルドが首を傾げている。そう言えば、ウェンデルは、さっきまで殺し合いをしていた少年と、何故仲良く揃って顔を並べているのか。タクボはそう思い首をかしげる。   「レベルが高いと厄介事に巻き込まれるからだ」    タクボはそんな事は望んでいない。なのにこの有様だ。日々の善行が足りないとでも言うのか。   「ふむ。状況が変わって来たな。これは私も命を懸けねばならぬな」    サウザンドが長剣を構えた。   「待てサウザンド。先程も言ったが、武器は渡す。だから私達を見逃してくれ」    死神は構えを崩さない。   「言ったであろう。状況が変わったと。練達の頂きであるそなたを見逃す訳にはいかん。わが軍の為にもな」    タクボが勇者達に加わる事を、サウザンドは恐れた。只でさえ魔族に悪い戦況がさらに悪化するからだ。   「君の心配している事は分かる。が、それは杞憂だ。私は決して勇者達に加勢などしない 」   「なぜそんな事が言い切れる?」   「私にとって一番大切なのは、世界の平和では無い。自分の平和な引退生活だからだ」    気のせいか、タクボは後ろから冷たい視線を複数感じるた。タクボはどうでもいいと思った。自分に正直なだけだ。タクボはそう開き直る。   「それに序列第一位の君がもしここで命を落としたら魔王軍はどうなる?」    早晩に魔王軍は瓦解するだろう。サウザンドは自分が仕える主君を案じた。   「なる程な。そなたの言う通りやもしれん。此度は、武器を手に入れる事を優先事項にすべきだな」    戦いは回避されそうだ。タクボは心から胸をなでおろした。   「交渉成立だな。もう一つだけ頼みがある」    この任務遂行の後、関わった者はサウザンドに消される予定だった。タクボ、マルタナ、ウェンデルに類が及ばないよう、裏から手を回して欲しい。それがタクボの頼みだった。    「待ってくれタクボ。この少年、エルドにも同様の頼みをしてくれないか?」    ウェンデルが誠実な瞳をタクボに向け、懇願して来た。エルド本人はポカンとしている。    この切迫した状況で、タクボにその理由など聞く余裕は無かった。三人も四人も対して変わらないだろう。    オマケみたいな者だ。この死神は、そんな度量が狭い魔族ではない筈だ。タクボはそう確信した。   「了解した。青と魔の賢人達に、命を受けている人間にそう伝えよう」    武器さえ魔族の手に入れば、その輸送に関わった人間の生死など賢人達は気にも止めないだろう。タクボとサウザンドの考えは、一致していた。    勇者の武器が入った箱を手にし、サウザンドは風の呪文を唱え始めた。この呪文は発動するまで時間がかかるのだ。   「練達の頂きに到達した魔法使いよ。そなたの名は?」   「タクボだ。人間の立場上、君を応援出来ないが。まあ命を大切にな」    サウザンドは一瞬目を見開き苦笑した。 「賢者の忠告だ。有り難く賜っておう」    黄色い長衣を纏った死神は風に乗り、遥か上空に消えて行った。    小さな森に生まれた荒野に、四人の男女と一台の馬車が残された。    タクボは緊張から開放される。助かった。あのままサウザンドと戦っていたら、間違い無く殺されていた。  レベルの数値では、彼を凌駕していたかもしれない。  だが、所詮タクボは銅貨級の魔物しか相手をして来なかった。魔王軍序列第一位とは場数が違い過ぎた。   「タクボ。聞きたい事があるわ」 「俺もあるぞ。タクボ」 「僕も色々質問があるなあ」    安堵と心的負担からの深いため息をついた所で、タクボを不快にさせる声が後方から聞こえて来た。 『この連中、命が助かった事をもっと喜んだらどうだ。人の気と苦労も知らないで』  タクボは心の中で抗議した。    聞こえない振りをしてこの場から立ち去る。タクボはそう決めて一人歩き出した。その時、タクボの前に一人の少女が立っていた 。    年齢は黒衣の少年より更に若い。いや、若いと言うよりまだ子供だ。肩より少し長い銀髪を三つ編みにしている。  粗末な麻の衣服を身に着けており、その幼い顔には赤い血がついていた。怪我人だろうか。先程の戦闘に巻き込まれたと思われた。    とにかく怪我の具合を確認しようとした時、少女は口を開いた。   「やっとお話する事が叶いました。魔法使い様」     少女は、満面の笑みを私に向けた。   「はて?君は私を知っているのか?それより その怪我は·····」    タクボが言い終える前に、信じられない早さで少女はタクボの前に移動し、タクボ左手を小さい両手で掴んだ。   「魔法使い様!お願いです。私を弟子にして下さい!」    厄介事と言うものは、常に順番待ちしているらしい。一つ片付けると、次の厄介事は、笑顔と共にタクボの前に現れた。      
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