夏の茹だる日の事。

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夏の茹だる日の事。

 人と関わる事が嫌いだ。  だから、人と関わらない生活をしたい。  そう言うと、多くの人に無理だ、と言われるし僕自身そうであると思っている。  この現代、家に住むにも水を飲むにも人と関わる事は避けられない。どれだけ田舎で家を建て、時給自足をしようとも結局は其処は誰かの土地なのだ。 「私さ、一つだけ願い事を叶えられるんだ」  教室に忘れ物をして、取りに来た時だった。  蝉の音が響く。汗が滲む。まだ夕陽は遠い夏空の光に浮かび上がる教室で、偶々一人だけ居たクラスメイトはそう言い出した。  名前は確か、穂塚舞夏。  教室内では、そう目立たない娘だった。 「願い事?」  鸚鵡返しに尋ねると、 「そう、願い事。私、魔法使いだから」  舞夏は口角を上げた。  話した事はそんなに無かったが、こんな唐突に冗談を言う様な性格だったのか。「何で僕にそんな事言おうと思ったんだ?」 「んー……夏だから、かな。もうすぐ、夏休みに入るし……夏は、少し勇気が出るものじゃない?」  分からない。夏に勇気が出るものだろうか。ああ、名前に夏が入っているし、もしかしたら誕生日が近いから? いや、それも理由にはならないか。  夏の暑さにやられた。うん、それが一番ありそうだ。 「それに、魔法使いは人々の願いを叶えるモノでしょう?」  舞夏はにこり、と微笑んで言った。  僕の魔法使いのイメージは、どちらかと言うと魔女のイメージだった。無力な人々を陥れ、自分の為だけに力を振るう存在。 「じゃあ、本当に魔法使いなら僕の願いを叶えてくれよ」 「勿論、そのつもり。さあ、未来の大魔法使いに言って見せてよ」  舞夏は胸を張ってそう言った。願い。そんなモノ、ずっと昔から決まっている。 「僕を人間と関わらないようにしてくれ」  そう頼むと、「だと思った」と舞夏は不思議な事を言った。何故知っているのかと指摘すると、彼女は「見てたからね」と目を背けながら答える。 「じゃあ、目を閉じて? 心の中で五つ数えてから、目を開けたら願いは叶っているはずだから」  舞夏に言われる通り、目を閉じる。  一。  二。  三。  四。  五。  目を開く。  目前には、小さな家があった。  何処までも続く草原。太陽を反射して煌めく泉。家の裏の森林。何処かから、鳥の鳴き声らしきモノも聞こえてくる。 「嘘だろ……」  僕が猛暑で歯止めの効かない妄想でも見ていない限りは、現実のようである。日光が照っているが、先程までの熱風とは違う、涼し気な風が頬を撫ぜた。  どうやら、彼女は本当に魔法使いだったらしい。 「これで満足?」  不意に背後から声がした。 「何で此処に? 願い事が、叶っていないみたいだけど」  振り向くと、やっぱり舞夏が立っていた。 「叶っているよ? だって私は、人間じゃなくて魔法使いだもの」  思わず固まる。  彼女の目的は、何なのだろうか。もしかして、本当に自分の何らかの目的の為に力を振るったのか?  じっと見ていると、舞夏は何故か照れ臭そうに笑みを溢した。
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