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加えて、地面が随分とぬかるんでいて不安定だった。どうにか落ち葉の落ちている地面を探して足を踏み入れると、ずぶずぶとめり込む感覚がひどかったのである。あの先には、もしかしたら底なし沼があったのかもしれなかった。結局俺はそんな物理的な危険から、入って数歩進んだだけで引き返すハメになってしまったのである。
それでも、リポート内容としては充分であったらしい。誰も見たことのなかった路知らずの現状を伝えることができたというのもそうだが、そうやって撮影された映像があっちこっち不自然にノイズが走り、非常に見づらくなっていたのも信憑性があったのだろう。竹藪の中に入っている間だけ、映像と音が激しくブレたのだ。目に見えなくても、あそこにはやはり何かがいるのかもしれない――そう思って興味を持ってくれた視聴者は、非常に多かったということらしい。
「泥沼にハマらないように気をつけて、もう一度再チャレンジしてみたいんだよな。そのやり方を、今検討中ってわけ。あ、なんなら文歌ちゃんも、次の配信は一緒にやってみる?」
俺は足下の石ころを蹴飛ばして、彼女を振り返った。
「安心してよ、俺顔出し配信してないからさー。文歌ちゃんは声もすっごい可愛いから、きっとすぐ人気出ると思うんだよな!ていうか、俺のカノジョですーって紹介したいんだけど、ダメ?」
「ほ、ほんとですか?すっごく嬉しいです……」
彼女はまさに恋する乙女と言った顔で、頬を染めてみせた。しかし。
「……でも、多分……それはできないと思います」
え?と俺は首を傾げる。彼女は泣き出しそうな、それでも恍惚とした表情で俺を見――俺の“うしろ”を見た。そして。
「だって神様は、今日本当の神様になるから。もう動画の撮影は、できないですよね」
それはどういう意味、と思った次の瞬間。
どこからともなく女性の悲鳴のような声が聞こえた。なんだろう、と思った俺は声がする方――俺達は丁度公園の駐車場の横を歩いていたのだ――を見る。
既に時は、遅かった。
俺の視界に入ったのは、縁石を踏み越えて突進してくる――一台の白い車の姿だ。びっくりしたような顔の高齢ドライバーと、一瞬だけ目があった。次の瞬間。
「ひぎっ……」
俺の体は、派手に弾き飛ばされ、宙を舞っていた。最後の瞬間に見えたものは、両手を祈るように握りしめてこちらを見る文歌の姿。その声は、不自然なほどにはっきりとよく聞こえた。
「やっぱり……そうなんですね。“あなた様”が憑いている人は、本当にこれから“神様”になる人だったんですね……!私、最後まで一緒にいられて本当に幸せです」
彼女は、俺の後ろに“何か”を見ていたのだ。恐らく、死神と呼ばれる類の何かを。
――俺、やっぱり、呪われてたってことか?ははっ……冗談にも、なりゃしねえや。
何もかもが、あまりにも遅すぎる。
危険な動画撮影を後悔する暇もなく――コンクリートに叩きつけられた俺の意識は、激痛と共にブラックアウトしていったのだった。
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