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レベル2 勇者を選ぼう その2
村長宅は大きい。
田舎の地主なんていうのは基本的に大きな家に住んでいるもので、この村の村長もなかなかご立派な家に住んでいる。二世帯住宅ながら部屋がいくつか余っており、噂でしか聞いたことのない「パパの書斎」まである。ちなみに筆記試験はここで行われた。
その立派な家の中央を走る通路の先に、裏口に続くドアがある。俺たちは「勇気の試練」とやらを受けるため、村長宅の裏庭に出た。
なかなか広い庭だ。村長も、わざわざ散歩にでて駐在に迷惑をかけなくてもここで歩き回っていればいいではないか。
その広い庭の真ん中に、机がポツンと置かれてあり、その上には箱が置かれている。箱の両端には直径二十センチほどの穴が開いており、どうやらそこから手を入れる仕組み、つまり「さわってさわって何でしょうゲーム」である。
まさかこのゲームで勇気を試そうというのであはるまいな。俺がつっこむ前にゴサクがつっこんだが、副村長はその質問、待ってました!とばかりに笑みを浮かべた。
「君たち、これはただのさわってさわって何でしょうではないぞ」
なんだか得意げで嬉しそうだ。
「確かにこのゲームは色んな所で見る代表的な余興だろう。しかし、何を触るか分からないとはいえ、そんなもので勇気を試せるとは思っていない」
不敵な笑みを浮かべると、箱をくるりと半回転させ、俺たちに正面が見えるように置き直した。正面は大きくくりぬかれており、中身が見えるようになっている。普通ではないか。
「ご覧のとおり、試練に挑んでいる本人以外は中身がはっきりと確認できるようになっている」
ゴサクがため息をつくと、すかさず副村長が言った。
「先ほども言ったように、私だってこんな手垢がついた出し物で勇気を試せるとは思ってはいない。しかし、あえて私はこれで選ぶことにした」
「予算の問題かの?」
ゴサクが言っちゃいけないことを言った。副村長はこの箱を発表してからというもの、今まで見たことがないようなハイテンションなのは、このテンションじゃなければやってられないからではないか。ゴサクは商人なのだから、もう少し人の気持ちを考慮する術を学んだ方がいいと思う。
そんなゴサクを副村長は無視し、話を前に進めた。
「こういう余興というのは、基本的にびっくりするものが入っていてリアクションを楽しむものなのだが、今回は本当に危険なものを入れる。場合によっては病院に行くこともありえるだろう」
何を考えているのだ、このバカ副村長は。勇気と無謀の区別がついていないとはこのことだ。
「何か危険なものが入っている恐怖感と、そしてそれを見て怯えるギャラリーから与えられる恐怖感、このふたつに打ち勝ち、何が入っているか正解を出すのが今回の試練だ」
本格的にバカである。
「ちなみに」
まだ何かあるようだ。
「これはあくまで回答者自ら答えを導くのが目的なので、ギャラリーが答えを言った場合、そうですね、それを口に入れて頂きます」
「危険なものなんじゃないのか?」
俺は思わず聞いた。
「そうなんだが、さっきからの君たちの態度を見る限り、ネタバレに対する罪悪感が皆無だろうからな。それくらいのペナルティーがないと君ら、言うだろう?」
否定できない。勇者を選ぶかなんだか知らないが、休みの日に呼び出され、訳の分からない問題を解かされ、揚句やりたくもない「さわってさわって何でしょうゲーム」をやらされているのだ。言いたくもなる。さっきから黙ったままのヨシカツはともかく、ゴサクは言う。
「では、ここでアシスタントのブリ子さんに登場してもらいましょう」
この村にいたか、そんななげやりな名前の女。しかし、俺の疑問はブリ子とやらが登場すると同時に消え去った。
推定だが身長一九五センチ、体重百キロ、体脂肪率七パーセントくらいか。どんなことがあっても逆らってはいかん感じの女が、眉間にしわを寄せ、下あごを突き出しながら肩をいからせて登場した。
「ではブリ子さんはこちらに」
副村長が机の横を指さしたが、ブリ子はそんなことはお構いなしにズンズンと近づいてきたかと思うと、中腰になって俺の顔を覗き込んできた。鼻息がかかる。年頃の女性なのか手入れはきちんとしているらしく、ミントの香りが漂ったが、それでも顔を背けたくなるほどの熱を帯びた鼻息が、俺の顔に叩きつけられた。
ブリ子は俺の首根っこに手を伸ばし、シャツの首をひっぱたかと思うと頭にひっかけた。小さい頃、男子たちがよくやって女子にバカにされていた、通称「ジャミラ」である。首と肩のあたりが窮屈になったが、ブリ子の迫力に負けて俺はまったく動けず、彼女が立ち去るのを静かに待っていた。
すると、今度は俺の背面に手を伸ばしシャツを掴むと、今度は下に引っ張った。首が後ろに持っていかれるほどの勢いだったが、ジャミラからは解放された。ブリ子は俺の頭をポンポンと叩くと、耳元で「これは独り言なんじゃが、カニが食いたのぉ」と言った。献上せよ、ということだろうか。
その後、同じようなことをヨシカツとゴサクにもやった。耳元で何を囁かれたのかは知らないが、ゴサクの顔色が変わった。それを見た副村長は、ちょっと嬉しそうだった。
「では、さっそく始めようと思う」
副村長が仕切り直した。
「ではまずはゴサクから。こちらに来ていただいて・・・」
言い終わらないうちにブリ子がゴサクの首根っこを掴み、速足で箱の後ろに引きずっていくと、そのまま放り投げた。
「ズルするんじゃねえぞ」
ゴサクの耳元でそう言うと、ブリ子は彼の乗り、身動きを封じた。
すると、家の中から小柄な女性が台車を押して登場した。目つきが鋭い美人で、口元のホクロがセクシーだ。どちらかというと、こちらの女性もアシスタントのようだ。
どうやら彼女は箱の中に入れるものを運んできたようで、箱の前に立つと何やらゴソゴソしている。その間、地面にねじ伏せられているゴサクを見ては嘲るように鼻で嗤い、そのせいで作業がうまく進まない。副村長の性的嗜好が分かった気がした。
そのお姉さんがゴサクの頬を撫で、「ホラ、早ク済マセチマイナ、コノ卑シイ豚メ!」と言った。どうやら準備が済んだようだ。そのお姉さんが離れると、ブリ子がゴサクを鷲掴みにして無理やり立たせ、何事が呟くとゴサクが姿勢を正した。
箱の中にあるものを見て、俺はぎょっとした。
「あれ、馬糞じゃないのか?」
横にいるヨシカツに囁くと、彼は息をのみ、小さく頷いた。
確かに危険なものではあるが、「ある意味危険」なのであって、冒険を連想させる「危険」ではない。副村長はこれでいいのだろうか。俺は副村長の方に目をやったが、笑いをこらえるのに必死らしく、肩を震わせて目がヒクヒクしている。最低だこの野郎。
ゴサクは恐る恐る箱の中に手を入れた。危険なものが入っていると聞かされたいたこともあるが、それよりもすぐ後ろに立っているブリ子の方が怖そうだ。
何も知らずに馬糞に手を伸ばすゴサクを見て、俺は顔をしかめて目を逸らした。そんな俺を見てゴサクが躊躇したのだろう、びくりとはねた手が箱に当たった。
しかし、とにかく触らないことには何も進展はしない。ゴサクは意を決して、馬糞に触った。
「ん?すごく柔らかい・・・」
生みの親は健康状態がよろしくないようだ。
「暖かいな・・・」
生まれたてか?
触り心地は最悪らしく、ゴサクも顔をしかめている。楽しそうなのは副村長だけだ。俺とヨシカツは言葉を失い、ブリ子は眉間にしわを寄せてゴサクを睨みつけている。ホクロのお姉さんは卑しいブタを見る目つきと歪んだ笑みを浮かべている。
これはあくまで俺の予想なのだが、最初は副村長も馬糞など用意していなかったのではないか。しかし、スムーズに、そして厳かに進行して勇者の末裔を指名したかった副村長の邪魔をする者が現れた。屁理屈ばかり言うゴサクだ。
悪人ではないものの、やたらとプライドが高い副村長である。まったく反応がないヨシカツ、自分で言うのもなんだがやる気がない俺、そしてゴサク。あとゴサク。もひとつゴサク。
俺たちは別に副村長のプライドを傷つけようとは全く思っていなかったが、副村長の立場を軽く見ていたのはたしかだ。もっとも、突然「勇者を選ぶ」と言い出した男の立場を尊重するのは難しいが。
そこで、勇気の試練がさわってさわって何でしょうゲームであることを利用して、ちょっとしたイタズラをすることにした。
ここからは妄想癖のある俺の想像、というか願望なのだが、副村長はアシスタントのふうたりに「ちょっと怖いもの」を用意するように頼んだ。しかし、アシスタントはあのブリ子と、名前は存じ上げないがどう見てもサディストなお二方である。飼っている馬が糞をしたのをいいことに、なんとそれを使用した、ということではないのだろうか。副村長が異様に嬉しそうなこととは矛盾するが、そんな感じであればいいのにな。さもないと、村民として救われない。
そんなことを考えていると、ゴサクの顔色が変わった。目を見開き、ゆっくりと副村長の方を向いた。
「嘘だべ?そんなの嘘だべ?」
どうやら気づいたらしい。ゆっくりと手を抜くと、匂いを嗅いだ。
「あぁぁぁああああぁぁぁああああぁぁああ!」
「オーホッホッホッホッホ!」
ゴサクの断末魔の叫びと、ホクロのお姉さんの高笑いが鳴り響いた。
ゴサクは手を前に突き出したまま、どこかへ走って行ってしまった。きっと手を洗いに行ったのだろう。
「えー、ゴサクさん。回答放棄、と」
副村長は、今しがた起こった事など大したことではないとでも言うように進めようとした。
「お、おい!」
俺は思わず叫んだ。このまま進めるわけにはいかない。
「何でしょう?」
副村長がすっとぼけた表情で浮かべた。
「今の、ウンコじゃねえか」
「何のことでしょう」
「今箱の中に入ってたの、ウンコだろ?」
「部下が勝手にやったことでして、私個人は存じ上げておりません」
「どこの政治家だ」
副村長はすっとぼけた表情のまま、ふたりのアシスタントを見た。
「カニ味噌にしか見えんかったんじゃがのお」
「卑シイ豚ガ、口ヲ利クンジャナイヨ!」
クレームは受け付けてくれなさそうだ。
そもそも、趣旨が違うのではないか。
確かに机の上に置かれた馬糞を触るのは、ある意勇気がいる行為かもしれないし、ある意味勇者かもしれない。しかし、それはあくまで自分が今から触るものが馬糞であることを認識した上で行われればということであって、さわってさわって何でしょうゲームで触らせられた場合、単なる悪質なイタズラの被害者である。そこには勇気も何もない。
「仮に」
副村長が口を開いた。
「仮に今のが本当に馬糞だったと仮定します。ですがご安心ください。同じものが出題されることはありません」
横でヨシカツが胸をなでおろしたのが分かった。
「次ハ卑シイ豚ノダヨ!オ前ニハ、オ似合イダ!」
次はヨシカツの番だ。ブリ子が近づくと、ヨシカツは自分から進んで箱に向かった。ゴサクの様子を見て学んだらしい。ブリ子は不満げに舌打ちをした。
ヨシカツはブリ子に組み伏せられる前に自分から後ろを向き、箱が見えない体勢になると、またブリ子が舌打ちをした。
先ほどと同じようにお姉さんが箱の中に何かを仕込むと、今度は立っているヨシカツに近づき、「アンタニオ似合イダヨ。味ワイナ、コノ汚ラワシイ犬ガ」と囁いた。片言なのに、どうしてその手の単語力は高いのだろう。
こうして、ふたり目のさわってさわって何でしょうが開始された。
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