貴女が泣いて死んだ理由

2/2
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 「後悔するような内容なの?」  『うん。多分後悔するよ。』  「じゃあ尚更聞きたい。私が関係してるってことだよね?」  『うん。スズは全く悪くないけど、すっごく関係してる。スズの頼みだし、聞きたいなら話してあげるけど絶対後悔するからね。』  「!……うん、話して欲しい。」  するとアリサは一瞬悲しそうに顔を歪めたが、すぐ元の表情に戻してから私の左手をとった。もちろんつかめないから、私が動きに合わせて手を上げただけだが。  そこには、先日彼氏から婚約者になった男性から貰った婚約指輪が嵌められている。アリサはそれを一瞬だけ見て、視線を合わせた。  『簡単なことなんだけどね。スズが結婚するから私は泣いたの。泣いて、死んだ。』  「私が、結婚するから……?」  どういうことだろう。もしかして、婚約者はアリサの想い人だったのだろうか。いや、彼とは高校を卒業してから出会ったから、アリサとは面識がないはずだが。  混乱していると、アリサはふっと微笑んで私に顔を近づけ、額の辺りにふわりと口づけた。  『好きだよ、スズ。高校生の時から、ずっとスズが好きだった。』  「え…あ、私もアリサのこと好きだよ?当然じゃん、親友だったんだから。」  『ちがーう。そっちの好きじゃなくて、さっきのはI love youの方の"好き"なの。流れでわかるでしょ。』  はっと顔を上げると、泣きそうな顔のアリサが目に入った。茶色の目が、今にも溶けてしまいそうだ。  「じゃあアリサは…私が結婚するのが悲しくて泣いたの?私、女だよ?」  『うん、そうだね。』  「そうだねって……」  『だってそうだねとしか言えないんだよ。私は女の子のスズを好きになったんじゃなくて、スズを好きになったんだから。そのスズが結婚しちゃうのが悲しくて泣いたの。』  ぱちっ、と一瞬茶色が目蓋に隠れて、大粒の涙がするっと落ちていく。アリサが泣くところなんて、初めて見た。  『それでね…あ、こっちは死んだ理由になるんだけど、もう話しちゃうか。それで私は失恋が確定したわけでさ、既婚者のスズにこんな想い抱いてちゃいけないなって思って、新しい恋探そうとしたの。でも無理だった。』  「無理って…」  『言葉通りの意味。私スズが好きだし、スズが好きな自分も好き。別の誰かに恋する自分なんて想像できなかった。でも私は、別の誰かを好きになる可能性もあるから。そんな未来来てほしくないから。だったらもう、スズに恋したまま死んじゃうかーって。』  だから死んじゃった!と明るく告げるアリサに、思わず絶句してしまう。アリサが私を好きだったなんて、そしてその恋を秘めたまま死んだなんて。  アリサはそんな私を見て少しだけ悲しそうに笑い、さてと!と立ち上がった。  『言うだけ言ったし、満足!もう思い残すことないや。告白もチューも出来たし、我ながら最高の死後!告白も出来なかったの、やっぱ未練だったし!』  「ちょ…っと、待ってよアリサ、私、」  『待たない。ってか待てない。ごめんね、ドン引きしたでしょ。忘れることとかしばらく出来ないと思うけど、それはまぁ死んだやつの最後のわがままってことで許してよ。』  言うだけ言ったアリサの体は、蜃気楼が晴れるときのようにどんどん朧気になっていく。待って、言うだけ言って消えないで。  「待って…!アリサ、私ドン引きとかしてないから!絶対忘れないし、それに私、アリサのことすごく、すごく大好きだよ!!」  かき消える彼女の冷たい空気に手を伸ばして叫ぶと、アリサはとても驚いた後すぐに飄々とした顔にもどり、  『わーいスズから好きって言って貰えたー。これでもうホントに思い残すことないかも。成仏できちゃいそう!』  『…ありがと、スズ。スズを好きになってよかったよ。幸せになってね。』  それを最後に、アリサの姿は消えてしまった。まるで最初から誰もいなかったかのような静けさに、またそこで泣いてしまった。明日火葬され、骨だけになってしまうアリサの遺体は、どこか穏やかな顔をしているように見えた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!