その手が

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土曜日の昼過ぎ、聡からラインが入った。 『会いたい これから出れる?』                『大丈夫だよ』 私は、彼からの2週間ぶりの呼び出しにいそいそと身支度を整え、待ち合わせの喫茶に向かった。 聡は、付き合って2年になる彼氏。 部署は違うが同じ会社の同僚でもある。同じ会社でも中々会えないが、クリスマスにプロポーズをされて3ヶ月後に結婚式も控えていた。 喫茶店の木製のドアを開けるとカランカランと音をたて、少し昭和の匂いを感じさせるレトロな佇まい。その店内の奥の窓際、既に聡は席にいて飲みかけのアイスコーヒーのグラスの表面には水滴がついていた。 「ごめん、ずいぶんお待たせしちゃったみたいね」 「イヤ……」 私は、向かいの席に腰掛け聡の様子を伺う。 「待たせたから、機嫌悪くしちゃった?」 「イヤ……」 聡の様子がおかしい。視線が合わない。 「どうしたの?」 「あの、ごめん、別れて欲しいんだ」 「えっ?」 「他に好きな子ができた。 お前は、俺が居なくても一人でもやって行けるだろう けど、アイツは、俺が居ないとダメなんだ。 ごめん。結婚の約束までしていて勝手だと思うけどアイツの側に居てやりたい」 ほら、 私は、誰かに期待をする度に誰かにうらぎられるのだ。 だから、 また、この言葉を口にする 「うん、私は平気だから気にしないで」 ああ、 何か重いモノを吞み込んでしまったようだ。 それなのに涙も出てこない。 視線を落とすと膝の上にある両手が小刻みに震えている。 それなのに涙も出てこない。 「涙、一つこぼさない本当に可愛げがない女だよな」 ポツリと言われた。 自分が可愛げのない女だっていうのは一番良く分かっている。 でも、私が悪いの? 泣き叫んだらフラれなかったの? どうすれば良かったの? 私は、貴方が一番望んでいる事を選択したはずなのに…… 私は震える両手を握りしめ、席を立ち喫茶店を飛び出した。 涙を流さないからといって傷つかないわけじゃない。 涙を流さないからといって傷つく言葉を投げかけていいわけじゃない。
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