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Un
パリ14区、モンパルナス大通り。
『ル・ドーム』のテラス席に若い女がひとり。テーブルには支柱のある2段になった平皿に、2ダースの生牡蠣が盛り付けられてある。女は冷えたシャブリを自分のグラスに注ぎ、グイッとあおっては、次々に生牡蠣を食べている。女の前には牡蠣殻がどんどん積み上がり、ちょっとしたピラミッドが出来上がっていた。
「マチルダ・・・」
若い女は顔を上げる。男がひとり、女の正面の椅子に腰かけた。女はシャブリで生牡蠣を胃に流し込むと、男に言った。
「ポール!もう、遅いんだから!」
ポールと呼ばれた男は平然と答える。
「ニースっ子の時計はいつも遅れる・・・」
「何それ?聞いたこともないわ。まあ、言えてるけど」
男はシャブリを自分のグラスに注ぐが、もうわずかしか残っていなかった。
「あれ?もうこんなに飲んじゃったの?」
「いいじゃん・・・」
そう言うと、女はわっと泣き出した。まわりのテーブルから視線が集まるので、男は自分が泣かせたんじゃないんですよ、と首を振った。
男は女に尋ねた。
「何があった?」
女は辛口のブルゴーニュを飲み干すと、軽くゲップをして頬杖をつく。
「私がなんで泣いてるか聞きたい?」
「それを愚痴るために呼び出したんだろ?」
「Merde!ムッシュー・ゲラン!」
ゲップとやや汚い罵り言葉に、周囲から再び視線が集まる。
「まあまあ、落ち着けよ。ムッシュー・ゲランって、あの美術評論家の?」
女がまた泣き出したので、男はナフキンを手渡した。女は涙を拭い、プンと鼻をかんで、マスカラで汚れたナフキンを男に返した。
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