ひと夏の思い出

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 ◇◇◇  「俺、すごいところ知ってるんだ」そう青年が言うものだから、暗い中、何に触れるかも分からないような細い道を歩いた。星の光は鬱蒼とした梢の枝葉に遮られて全く届かない。懐中電灯だけが頼りだ。時折、道端の熊笹が鳴った。(けもの)の臭いがする。  青年の胸板は厚い。頬骨が少し張り、奧二重の目には甘く妖しい輝きがあった。中学・高校と野球部に所属し体を鍛えているだけあって、細い道なのに、その歩みはどっしりとしている。少女を気遣い、その細く白い手を包むように握っていた。  「本当に、この道で合ってるの?」  少女が不安そうに尋ねると青年は、「心配するな。何度も通ってる道だから」と言って笑った。  それから10分くらい歩いただろうか。視界を塞いでいた真黒な森の影が一気に取り払われる。見上げると満天の星空。川に面した崖の踊り場に出たのだ。  下を見ると、祭りの出店が赤や青、緑に光っているのが見えた。遠くの川には(はしけ)が何艘も浮かんでいる。  「上がるぞ」と青年が言った。  2人で肩を寄せ合う。川向うの平場から天に向けて、光の玉が昇っていく。しだいに速度を落とし頂点に達すると、幾重にも重なった赤と緑がぱっと広がり大きく開く。それが消えるのを待つことなく、次の光の花が咲いた。  「綺麗だろ」  「うん」  少女は恥ずかしくて頬を赤らめているが、花火の鮮やかな輝きに隠され青年には見えていないようだ。  「ありがとうね」  「俺の方こそ、ついてきてくれてありがとう」 .
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