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坂本が話を続けようとしたとき、菓子パンをむさぼっていた男子が先に口を出した。
「やっぱり百合園は三美神になりたいから専門職にしたの? 」
皐月は愛想笑いを浮かべたままだったが、自身の心がすうっと冷たくなっていくのを感じていた。
返事をしない皐月をよそに、他の者たちは和気あいあいと会話を続ける。
「あー、確かに! 三美神の活動には役立つかもね」
「三美神って御三家の人間がなりたいって言ってなれるもんなの? 」
「でもまだ後継者は決めてないって西園寺が……あ、呼び捨てダメなんだっけ? 西園寺様がテレビの取材で言ってたよね~」
「やっぱり御三家の中でもエリートが選ばれるの? 」
「だとしたら百合園が選ばれてもおかしくないんじゃね? 」
こうやって注目を浴び、勝手に判断され、勝手な憶測で、勝手に盛り上がる。今までに嫌というほど経験してきた。
百合園の家に産まれてしまった宿命、と言われてしまえばそれまでだ。自分の意志や行動と、百合園家の考えは無関係だというのに。
坂本が、皐月の顔をちらりと見る。この話題はまずいと察したのだろう。ぎこちない笑みを浮かべて、周りの話を制止した。
「ま、まあまあ。三美神の仕事って過酷って言うし、そんな簡単にはやっぱりなれないよ。百合園だってただ純粋に専門職を目指してるってだけかもしれないし、ね?」
誰もが気を悪くしないような言い方をして、坂本は皐月に笑いかける。
皐月は眉尻を下げて笑った。他の者たちと同じくらいの明るい声で言う。
「いやー、あんまり後継者になるとかそういうのは考えてないかなー。三美神に会うときも、そういう話にはならないし」
まわりは「そうなんだー」と明るく笑うが、どことなく期待外れ、といった空気を醸し出している。臆することなく、皐月はあっけらかんと言ってのけた。
「三美神はめちゃくちゃ忙しいからね。父親は家にいないときが多かったし。なかなか難しい仕事だから、俺には無理だと思うんだよね」
皐月の言葉に、まわりは思い思いに反応する。
「でも百合園が後継者でもおかしくはないよねぇ。今じゃ三美神っていろんな事件を解決していってるし。 最近は警察も頼りにしてるみたいだし」
「三美神の活躍っぷりがすごすぎて、警察がかすんじゃうよね」
何がおかしいのか、女子たちがけらけらと笑い合う。
皐月はふと、斜め前に座っている黒髪ショートの女子と目が合った。ごつごつとしたピアスをつけ、だぼだぼっとしたTシャツを着崩している。彼女は食堂のカレーを食べ進めながら、思い出したように口を開いた。
「そういえばさぁ、スーザンの事件って三美神は関わってるの? 」
皐月は即座に首を振って「知らない」と答えた。
スーザンといえば、東京でも辺鄙な場所にある女子大だ。
正式名称はスーザン女学院大学。ミッション系の大学で、神父やシスターが指導する授業もある。裕福なお嬢様が通っていることで有名だった。
他の女子が興味深そうに、黒髪ショート女子を見る。
「何それ? 何かあったの?」
「記者やってるお姉ちゃんが言ってたんだよね。最近、スーザンの学生がたくさん行方不明になってるって」
黒髪ショート女子の話を、皐月は特に気にすることなく、定食を食べ続けていた。周りは真剣な顔つきで聞いていて、坂本も興味深げに顔を向けている。
「しかも一人じゃなくて、立て続けに十数人だって。実際に警察官やパトカーが大学に行き来してるみたい。行方不明になるのは、決まって派手な子ばっかりなんだって」
「えー? それは、家出なんじゃない?」
心の中で、皐月も同意した。
スーザンはお嬢様大学と呼ばれるとおり、ほとんどの学生が上品で落ち着いた格好をしている。黒髪か濃い茶髪、薄い化粧、ひざ下スカートに低いヒールのパンプスがお決まりの姿だ。ギャルのような格好をした女性が、スーザンの学生だと言ったところで信用してもらえないほどだった。
見た目で判断するのはよくないことだが、派手な格好をした女子大生なら、ただの家出だったとしてもおかしくはない。
スーザンは校則がなかなか厳しいことでも有名だ。そこからはみ出す学生がいたって不思議ではないし、そういった学生が反抗的な生活を送ることだって十分考えられる。
「でも十数人だよ? 詳しい人数はわからないけど……」
黒髪ショート女子が顔をしかめて言った。
「警察が動くってことは、親族が捜索願を出したってことなんだよ? 警察が本気で探したら、学生の家出なんてすぐに見つかりそうなものじゃない? でも十数人全員がまだ見つかってないの」
「それってかなり大ごとになるんじゃねえ? 」
男子学生が難しい表情を浮かべて言った。黒髪ショート女子は、ますます不満げな表情になる。
「そうなんだけどね! 大学が捜査に全然協力的じゃないんだって! 女性以外の警察は門前払いされるらしいし、取材も一切受けつけない。親族が大学に協力を求めても、何も情報を教えないみたいなの」
「あそこ男子禁制だもんね。でも行方不明者が何人も出てるのに、その対応はないよね……」
「でしょ? おかしいよね?」
黒髪ショート女子が皐月に顔を向ける。真剣な表情で、語気を強めて言った。
「三美神って、警察の捜査が難しい事件にも首を突っ込んだりするんでしょ? だからこの事件にも関わってたりしないかなって思ったの」
三美神のことなんて、皐月には知ったことじゃない。知りたくもない。
皐月が返事をするよりも早く、坂本が眉をひそめていぶかしげに言う。
「行方不明の子について情報を公開しないのは、学生のプライベートを考慮してるからなんじゃない? 」
「まあ、そうね。行方不明なだけで死人が出ているわけじゃないし、そういった理由だったとしてもおかしくはないね。でも、確か、大学側は警察に協力をお願いされたら、可能な限り協力しなきゃいけないんじゃなかったっけ? 」
その問いに、定食を食べ終えた皐月が答える。
「それは確かに義務だけど、罰則があるわけじゃない」
手を合わせて、小さく「ごちそうさま」を言ったあと、黒髪ショート女子に顔を向けた。
「大学関係者で事件にかかわっていそうな人や容疑者がいるんだったら、強制的に差し押さえて調べることはできる。でも、それは今できてないんでしょう? ってことは、警察はそういった情報もつかめていないからどうしようもできない状況だってことなんだろうね」
黒髪ショート女子は、口元に手を当てて目を伏せた。
坂本は真剣な表情を浮かべ、口を開く。
「それにしたって、親族にまで何も教えないっていうのは、ちょっと変かも……ってあれ?百合園? 」
坂本が皐月に顔を向けると、皐月はすでに立ち上がり、リュックを背負ってお盆を持ち上げていた。
「え、えー! もう行っちゃうの? 」
坂本が目を見開いて、信じられないとでも言いたげに皐月を凝視した。他の者も戸惑うようすで皐月を見つめる。皐月はほほ笑み、変に気を遣わせないように言った。
「ごめん。先に教室に入って予習しておきたいから」
「そっかー。じゃあしょうがないか。百合園は真面目だね」
にこにこと明るく笑う坂本に、皐月はどこか冷ややかな視線を送る。
「……じゃあ、またあとで」
皐月は軽い足取りで、その場を離れた。
みんなは再び話しだし、その声が皐月の耳にまで届いてくる。まだ事件のことについて話しているようだ。皐月は、うわさレベルの話に付き合うつもりはなかった。
†
一日の講義を終えて、部活もひととおりこなす。皐月が帰ろうと外に出れば、空はすでにほの暗い。大学の門を出て、いつものようにイヤホンを耳にあてがった。
ふと、目の前の電柱によりかかる人影が視界に入る。その人物が誰なのか気付いた皐月は、イヤホンをスキニーのポケットにしまい込んだ。
「もしかして、ずっと俺のこと待ってました? 」
さぞかし注目を浴びたでしょうね、と皐月は心の中で毒を吐く。
皐月の視線の先には、哲がニヒルな笑みを浮かべて立っていた。グレーのスリーピース姿で様になるたたずまいは、皐月が悔しく思うほどに品がある。
哲は皐月の問いに答えた。
「いや、そこまでは。皐月の部活が終わるくらいの時間を考えて来たからな」
「部活……? なんで俺が部活入ってるって」
きょとんとする皐月に、哲は大学を指さした。
「ここ、剣道が強い大学でも有名だろう。だからもしかして、と思って」
ああ、と皐月は納得した。
護身術の体得のために、皐月は幼少期から剣道を続けている。それはあくまで、御三家の教育の一環だったものだ。しかし皐月は妙にハマってしまい、幼い頃から全国大会に出るほどの実力を持っていた。
そんな皐月が、剣道の強豪校で剣道部に入らないわけがない。
「で、俺に何か? 」
哲が大学までわざわざ足を運んだということは、それほど重要な用事なのだろう。皐月にしてみれば早く用件を聞いて立ち去りたいものだ。
哲の顔から笑みが消えた。
「……護身用の武器はちゃんと所持してるのか? 」
その問いに、不快感を漂わせながら皐月は答えた。
「持ってますよ。リュックの中にあります。わざわざ西園寺様がチェックしに来たんですか? 」
「だって……こないだ会ったとき、武器の一つも持ってないようだったからな。御三家の人間なのに」
呆れたようにため息をついた哲に、皐月はますます不満が募っていった。
「俺には武器とか、必要ないと思うんですけど」
「へえ。こないだのムカデのようなことが起こっても必要ないのか? こないだ三美神に助けてーって泣きついてきたのはどちらさんでしたっけ? 」
「別に泣きついてはいません!」
思わず声を張り上げる。哲は意地悪くほほ笑んでいた。
「それに……っ。たまたまあの事件に出くわしただけで。あんなことめったにないし。今まであんなこと、なかったし」
「今まであんな事件に巻き込まれなかったことのほうが、奇跡だとは思わないんだな」
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