操られた狂人

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「ねぇ様! もうシロさん来る時間だよ」 「あいつが来るのは夕方って言ってたじゃん……まだ夕方じゃない」 「五時は夕方です」  ソファーでごろごろする私ににぃ様は小言を言いながら部屋を片付けてる。いっつも片付けなんてしなくて私が怒ってるのに……。 「にぃ様」 「なに?」 「……にぃ様は私と二人で二つだよね」 「もちろん。今更そんな事聞く? 僕たちはキメラだから一人じゃ一人になれない」  にぃ様は私に優しくキスして玄関の掃除を始めた。あんなに毎日セックスしてキスもたくさんしてるのに、ふとした時ににぃ様がしてくれる優しいキスはいつまで経っても慣れなくて顔が真っ赤になっちゃう。  私は自分の体に残ってる小さな手術痕を撫でた。これは私たちが一つだった証。二つの受精卵が分かれてお互い半分ずつくっついた。二つの遺伝子が混ざったキメラの証。 「おくつろぎ中失礼するわね」  ぼーっとしてたらいつの間にかリビングにはにぃ様とアバズレがいる。にぃ様と私の家にアバズレがいるのは不快でしかない。 「ほら、ねぇ様ちゃんと座って」  ソファーに足を広げて座る私をにぃ様はバシバシ叩いてくる。決めた、今日はゲロ吐いたって止めてあげないからね。 「仕事の無い日にごめんなさいね。どうしても話しておきたいことがあって」 「全然大丈夫ですよ、気にしないでください」 「そう言ってくれると嬉しいわ」  アバズレも後に立ってるだけの奴も店に来る時はお面をつけてるけど、ここに来る時は顔を隠さない。アバズレが微笑むたびににぃ様は優しそうな笑顔になる。私以外にその顔を向けて欲しくないのに……後ろの奴はいつでも表情がない。不気味という言葉が何より似合う。 「警察がお店の近くの誘拐事件を同一犯の犯行という形で捜査をしてるみたいなの」 「にぃ様も私もちゃんとあんたが言った通りにバラバラの場所で、共通点が無いような女を攫ってる」 「それは本当かしら?」  にぃ様は下を向いたまま手をぎゅっと握りしめる。 「ノア、あなたに聞いてるのよ。私の質問に答えなさい」  私のにぃ様の名前を呼んで欲しくない、それに脅すなんて絶対許せない。にぃ様がいなかったら殺してって私に泣きつくまで痛めつけてやるのに。 「ごめん……なさい。僕一人の時は同じ場所で攫ったことがあります」 「私は言ったはずよ、細心の注意をはらいなさいと。何度も何度もあなたたちに伝えたはずだけどノアには伝わっていなかったようね」 「本当に……ごめんなさい」  アバズレは声を荒らげることなく淡々とにぃ様に話す。にぃ様はただただ小さくなるだけ。好きな人に失望されちゃってどうすればいいのか分からないみたい。 「当分の間、店への資金は払いません」 「そ、それは……店に来るお客たちが」 「お客たちが何? 私たちに一番大事なのはお客なの? 違うはずよ」  にぃ様の顔は今すぐにでも泣きだしてしまいそう。 「警察だって役立たずじゃないの。私たちにいつたどり着くかわからないわ」 「じゃあ、なんであんたはこんな店を経営してるの? 警察の事怖がってるくせに」  アバズレは私をじっと見つめる。私の出方を伺ってるみたい。 「私たちの事がバレたら自然とあんたに辿り着くはず。あんたは私たちと関わるような人間じゃないでしょ? あれだけの金を自由に動かせるんだから、私たちとは住む世界が違うはず」  ずっと疑問だった。この女が私たちに金を援助するのが。 「私たちにあの店で働かないかって言い出したのはあんた。あんたは何がしたくてこんな店を始めたの?」  アバズレは突然私たちの前に現れた。私たちは人を殺したことはあったけど、頻繁に殺してたわけじゃない。にぃ様はあんまり人殺しに興味は無かったし、私は基本的に殺人衝動を抑えられた。抑えられなくなったら欲望のままに殺せばいい。わざわざあんな店で働かなくても私は大丈夫。 「あんたは何が目的であの店で私たちを働かせるの? 私たちの事をどこで知ったの?」 「……殺人博物館って覚えてるかしら?」 「懐かしい名前。小さい頃によく連れていかれてた」 「閉館になった後、殺人博物館は私が買い取った。そこであなたたちの事を知ったの」 「言ってる意味がわからない。殺人博物館を買い取った? そこで私たちを知った?」 「客足が悪くてね、土地と建物、収蔵物の全てが売りに出ていたから買い取ったの。殺人博物館の学芸員はマメな人でね……人があまり来ないというのもあるだろうけれど、毎日どんな人が来たのか細かく日記に書いていたの。あなた達のことは老紳士に連れられてよく来ていたって書いてあったわ。カミョムとエテルノ、その名前を貰ったのも殺人博物館で合ってるかしら?」  私たちは普通を装って生きてきた。これからもそうやって生きていくつもり……私もにぃ様も本物だってことは分かってる。私たちは二人で二つだから、本物でいるためにこれからもずっと一緒。それを邪魔しようとするやつは殺すだけ。 「それで? なんで私たちに店を任せてるの? 店を営業する理由は?」 「怒らないで聞いて欲しいの。私が何を言っても立ち上がったり声を荒らげたりしないでね」  あんたに感情を顕にしたってなんの意味もない。そんな心配はいらない。 「退屈だったのよ。刺激が欲しくてあなた達の事を調べてお店の話を持ちかけた。それだけよ」 「……嘘、でしょ」  にぃ様は小さい声でアバズレに抵抗する。これ以上失望されたくないだろうし……アバズレの言ってることが理解できてない、したくないんだろうな。 「特殊性癖を持ってる人の事は可哀想に思ってる。でも、私は特殊性癖を持っていないから所詮は他人事なの。有り余ったお金でゲームをしてる、そんな気分でいたわ。あなた達にお店で働いてもらっているのも、特殊性癖を持ってる人がいた方がいいって思ったからよ。私がお店を切り盛りしていたらお客たちは私の事が気に食わなかったでしょうし、血だらけの汚い建物の中にずっといるなんて苦痛でしかないもの」  アバズレは顔色一つ変えずに淡々と心情を語る。当然のこと、そう思っているのが伝わってきて私もにぃ様も黙るしかない。この女にとって私たちは、ただのおもちゃ。 「ゲームは楽しくないといけないでしょ? 危ない橋を渡る気はないわ。話は終わり、帰るわね」 「シ、ロさんは……最初っからずっとそう思ってたんですか……? 僕たちの存在はシロさんにとってそんなに軽いものだったんですか? そんなに僕らを簡単に切り離すほど……なんとも思ってなかったんですか……?」  にぃ様……なんでそんなこと聞いちゃうの? さっきアバズレが言ってたこと聞いてたはずでしょ? そんなこと聞いたってにぃ様が傷つくだけなの。 「言ったはずよ、ゲームをしているつもりだったと。ゲームの登場人物にいちいち感情移入なんてしないわ、そんなことをしても面倒なだけよ」  トカゲのしっぽ切りってこういうこと。私たちはアバズレにとってしっぽ、いてもいなくてもどっちでもいい。 「シロ、さん……僕は、」  にぃ様はアバズレを必死に呼び止める。震える手をぎゅっと握りしめて、アバズレを見つめる。こんなにぃ様見たことない。 「また、会う機会がある事を祈っているわ」  嘘つけ。  私たちに絶対に本心を話さず、悟られないように嘘だけを吐き続けるあの綺麗な顔を石で叩き潰してやりたい。 「にぃ様、今日は美味しいご飯食べようよ」  ソファーで項垂れてるにぃ様に私は明るく接する。 「高いお肉でも手の込んだ料理でも何でもリクエスト聞いちゃうよ〜料理人アンが頑張っちゃう!」  にぃ様、お願いだから目を覚まして。あんなアバズレのことが好きなんておかしいって気づいてよ。にぃ様には私しかいないの。私たちはいつでも一緒でいつでも同じ気持ちじゃなきゃダメなの。  にぃ様は私だけを見てればそれだけでいいの。 「いつまでも落ち込んでないで! 何食べたいか教えて、買い物行ってくるから」 「……ありがとう。ねぇ様がいてくれて良かった」 「今更〜?」 「いつも思ってるよ。ねぇ様のこと大好きだもん」 「ありがとっ、私もにぃ様のこと大々だぁーい好きだよ」  これでにぃ様はアバズレの事なんて忘れる。あんなクソ女がにぃ様の記憶に残るなんて吐き気がするもん。  にぃ様の記憶に残るのは私だけで充分。 「ねぇ様、今日はハンバーグが食べたい。牛肉がいいな」 「牛肉百%で作るね! それじゃあ買い物いってきまーす」  普段は節約も兼ねて牛肉はあまり使わないけど、今日は気分がいいから奮発して一番高いお肉買っちゃおうかな〜。  にぃ様が私だけを見てくれるなら、何でもしてあげちゃうよ。    * 「買いすぎたかな……?」  つい張り切りすぎていつ使うのか分からない高級食材とか、にぃ様の好きなお菓子とか買いすぎちゃったけど……にぃ様は絶対喜んでくれるからいっか!  にぃ様の笑顔が見れるなら何でもしちゃうんだもん、私もちょろい女だよね。 「ただいま……にぃ様?」  リビングの電気が付いてるのににぃ様はいない。寝室もお風呂もトイレも、家中を探してもどこにもいない。もう、出かけるならメモ残していってよね!  にぃ様が帰ってきたらびっくりするような豪華な料理作ってあげなきゃ。可愛い柄のお皿が確か奥にあったはずなんだけど……。 「あれ……? 鍵が空いてる……」  食器棚の奥に護身用の銃が入った箱が置いてある。箱には鍵が付いてて鍵は私とにぃ様が持ってる二つだけ。家には置かずに持ち歩くようにしてるから、箱を開けられるのは……にぃ様だけ。 「嘘、でしょ……どうしよう……ダメ、ダメだよ……お願いだから私を置いていかないで……!」  勘違いしてた。にぃ様はもうアバズレの事諦めたと思ってたのに……そうじゃなかったんだ。にぃ様は私に悟られないように嘘をついたんだ。  生まれた時からずっと一緒の私より、体の半分を共有してる私より、一人じゃ一人になれないのに、にぃ様は私よりあの女が大事なの……? 「家の鍵はちゃーんとかけないと勝手に誰か入ってきちゃうよ? 私みたいに」  アバズレ、アバズレ、だ。あの女がいなければ、私たちの前に現れなかったら。 「にぃ様は私だけを見続けてくれたのに……!」  包丁を掴んで女に投げる。 「うっわ、危ないじゃん! 刺さったら死んじゃうよ」 「死ね、早く死ね!」 「エスピーア聞いてた? 早く死ねだって〜私ってばめっちゃ恨まれてる」  武器は無くてもあの女には負けない。絶対殺してやる。あの女は殺さなきゃいけない。 「私が死んだら困るのはアンだよ? 私は親切にノアの所に連れて行ってあげようとしてるのに」 「……え?」 「ノアの居場所を知ってるんだけど、どうする? 着いてくる? それともここで一人ノアの帰りを待つ?」  どうでもいい。私の事なんてどうでもいいの、今ここで死んだってかまわない。でも、にぃ様は違う。にぃ様だけでも生きて欲しい。 「エスピーア」  外に停めてあったアバズレの車に乗ろうとすると手錠をかけられて、縄で縛られた。車の椅子に固定されて少しも動けない。  アバズレ曰く襲われたら困るから、らしい。にぃ様の姿を見るまでは襲う気は無い。 「店はどうなってる?」 「ノア様が商品を全員殺している所を誰かが通報したようです。ノア様は現在警察から逃亡中。店は警察が調べています」 「私に繋がるものは残してないでしょうね? 私まだ死にたくないんだからね」  にぃ様が商品を殺した……? 滅多に人殺しをしないあのにぃ様が……? 「それで? ノアは逃亡できそう?」 「ノア様は工場跡地に逃げ込んだようですが、周りを取り囲まれているので無理かと」 「む、り?」  うそ、だよ。にぃさまはつよいから、だれにもまけないよ? なんにんにとりかこまれてもだいじょうぶ。だいじょうぶ、だいじょうぶ、だってわたしのにぃさまだもん。だって、にぃさまは、わたしのはんぶんで、わたしもにぃさまのはんぶんで、えぇと、 「叫ばれたら嫌だから猿轡しよっと」 「お嬢様、もうすぐ着きます」 「だって〜叫ばずにちゃんと見ててよ? じゃないと私の計画が成功しないんだから」  ばくはつ、おおきいおとがきこえる。  ひがおおきなたてものをめらめらとのみこんでいく。  とびらがあいた、おとこのひとがでてくる。  たくさんのひとがおとこのひとをとりかこむ。  みんなじゅうをもってる。  おとこのひとはよろよろとたおれた。  たくさんのひとがいっせいにじゅうをうつ。  おと、おと、おと。  すごいおと。  おとこのひとはあなだらけですこしもうごかない。まっかなちでまっかっか。 「あ゛、」  おとこのひとは、にぃさまがもってたふくをきてる。あのふくはわたしがにぃさまにあげたふく。 「あ゛……あ゛ぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛」  にぃさま、にぃさま、わたしだけのわたしのだいすきなにぃさま。  わたしとからだをはんぶんこしただいすきなにぃさま。 「帰る。計画終了」  だめだよ、ここからはなれちゃだめ。にぃさまもいっしょにかえらないと。  ばんばん、おねがいだからはなれないで。  ばんばんばん。 「あぁもう! うるさいしガラスが割れちゃう!」  ちくり。  だめ、にぃさまもいっしょに……どうして? とてもねむい。 「帰ったら薬漬けにして遊ぶのなんてどうかな?」  ねちゃだめなのに、ねたい。 「今までで一番のコレクションになるはず! あぁ〜どうやって遊ぼうか考えるだけで楽しくなっちゃう!」  にぃさまも、いっしょに、かえろう。
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