操られた狂人

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操られた狂人

 私たちがまだずっと小さかった時。もちろん今と全く違うよ、こんな事をしてるなんて夢にも思ってない頃。私たちを支配する感情があった。  その感情は退屈。  何をしていても、どんなに楽しくても心は退屈と感じてしまう。どんなに美味しいものを食べても、どんなに楽しい遊園地に連れて行ってもらっても、その気持ちは私たちから消えなかった。  でも、そんな退屈が父の友人と遊んでる時は消えた。彼と遊んでる時は、心の底から楽しめたし思いっきり笑えた。私たちにとって彼はそれほど大きな存在。  だけど彼はいなくなってしまった。私たちの前から忽然と姿を消した。彼の名前を聞いたのは一週間後。新聞で彼の名前を見た。父はびっくりしちゃったみたいで持ってたお皿を落としちゃった。  そんな父を横目に私たちが思った事は、やっぱり。私たちは彼の本性がわかってた。彼は私たちをあるところに連れて行った時にこう言った。 「悪いことをする時は本名を使っちゃいけないよ。悪いことをする時用の偽物の名前を使わないと」  その時私たちは彼に頼んだ。悪いことができるように私たちに偽物の名前をちょうだいって。そしたら彼はニッコリ笑ったの。私たちは今まで彼の顔がお面なんだと思ってた。いつも表情はあるけど、表面に張り付いてるだけ。なんだか怖いとすら感じてたけど、その時の彼は心の底から笑ってるように見えた。 「そうだね、アンはエテルノ。ノアはカミョム。気に入った?」  その時、私たちは偽物の名前を貰った。それから彼はその場所で熱心に展示物の説明をしてくれた。その場所は殺人博物館、世界各国の恐ろしい殺人鬼たちのことが書いてある趣味の悪い博物館。 「君につけた名前は偽物の名前だけど、偽物なんかじゃない。偽物は血を持っていても偽物だけど、君は血を持ってなくても本物になれる。私は期待してるよ、君がどんな本物になるかを」 血、偽物、本物。今だったら彼の言いたいことはちゃんとわかってるけど、当時の私は何が何だか分からなかった。  私たちは何も分からなかった頃から彼から英才教育を受けていた。  彼は私みたいな人を育てたかったんだと思う。普通の人じゃない人を……狂人とでも言うべきなのかな? 私のような存在を。それも、そこら辺にいる狂人じゃないよ。      米国犯罪史史上最悪の殺人鬼、アルバート・フィッシュに育てられた狂人なんだから。    * 「にぃ様……起きてにぃ様、もう朝!」  いつまで経っても起きないにぃ様の毛布を引っ剥がすと、寒いと言ってまた被ろうとする。 「ちょ、にぃ様ったら! いつまで寝てる気?」 「……無理……眠い」 「眠いじゃなくて! 朝ごはん冷めちゃうから早く食べて」 「朝ごはん……何?」 「にぃ様の好きなパン屋さんでベーグル買ってきたし、目玉焼きも作っておいた……よ」  私が言い終わるのも待たないで、にぃ様はベッドから飛び出して行っちゃった。もう、本当に分かりやすいんだから。 「美味しい?」 「うん、ねぇ様の目玉焼きが一番好き。ベーグルもセサミが好き」 「でっしょ〜! 流石にぃ様のことは誰より知ってる私! それに昨日とっても盛り上がって楽しかったからそのお礼」  正直に言うと……毎日にぃ様とセックスしてるとたまにマンネリになったりするけど、昨日はとっても楽しかった。終わった後はにぃ様ゲロ吐いてたけど楽しそうだったし、またやりたいな。 「今日は僕が主人やりたい」 「いいね、私もう一週間は連続で主人やってるし今日は交換しよ」  私たちの性的嗜好はサドマゾヒズム。お互いに傷つけるのも傷つけられるのも大好き。まぁでも、得意はあるよ。私は主人、傷つける方が得意。にぃ様は奴隷、傷つけられるのが得意。いつもぼーっとしてるにぃ様だけど、奴隷をやってる時はとってもとってもカッコよくて、私がどんなことしても恍惚とした表情でいてね……思い出しただけで濡れちゃう。 「あっ! にぃ様のせいで忘れてた。今日は土曜日だよ、早く行かなきゃ」 「別に早く行かなくても……」 「だーめ、今日は予約が入ってるんだからしっかりお手入れしないと」 「もうちょっとゆっくり食べたい……」  ベーグルを咥えたままのにぃ様を引きずってお店に向かう。もう、にぃ様は私より重いんだから引きずるの大変! 私たち双子だし二人で体を半分個してるのになんでこんなにも性格が真逆なんだろう。 「ねぇ様、背中痛い」 「でしょうね⁉ 引きづってるから擦れてるもん」 「自分で歩く」  にぃ様はやっと自分で歩いてくれた……働く前から疲れちゃった。 「今日は……この三人が予約で合ってる?」 「うん。三人とも個室だって」  狭い檻の中で女たちは体を小さくしてぶるぶると震えてる。全裸だもんね、寒いに決まってる。 「三人とも出て、風呂入って」 「お風呂……お風呂に入れるんですか?」 「あんた達はこの前の相手からまた予約が入ってる。売り物は綺麗にしないと」  女たちはビクつきながらも久々に入れるお風呂が嬉しいらしい。顔が少し明るくなる。 「長風呂はダメ。出たらそこで髪をしっかり乾かして」  にぃ様は仕事になったらしっかりする。自分と同じ性的嗜好の人たちを助けられるのが嬉しいんだろうな。口数が少ないから分かりにくい人だけど、とても優しい人だもん……まぁ、一番の理由は違うんだろうけど。 「予約したのはジイドさんだよね」 「そう、多分今日殺すんだと思う」  私たちが働いてるこの店の表向きはバー。女たちが相手してくれるガールズバーということになってる。  女とお酒が飲めるのは一緒だけど、その女は私たちが攫ってきた女たち。全裸のまま無理矢理お客の前に出される。  大半の女はお客の前に出たら殺される。上客に気に入られて取っておいて貰えるなんてかなり稀。まぁ、結局は死ぬんだけどね。 「うーん、ちょっと人数足りないかも。仕入れないとね」 「じゃあ僕が行く。ねぇ様は店見といて」 「ジイドがいる時に他のお客のことまで見てられないから、早く帰って来てね」 「わかった」  この店は土曜と日曜の深夜から朝方までの営業。お客たちは平日も営業しろって言って来るけどそんなの絶対無理。私もにぃ様も平日は大学に通ってるし、一番はにぃ様とセックスする時間が短くなっちゃうもん。そんなの絶対嫌。 「にぃ様、準備は一人で大丈夫だからもう行っていいよ」 「本当? 昼から行けた方が顔もしっかり見れるし助かるけど……大丈夫? 女たちになんかされない?」  にぃ様の体は傷だらけ。私がつけた傷もあるけど、女たちにつけられたものが大半。檻から女たちを出す時につけられたの。女たちは何をされるか知らないはずだけど、嫌な予感でもするのかな? 力いっぱいの抵抗をしてくる。にぃ様も殺さずに傷つかない程度に女たちに手は出すけど、それでもにぃ様の体に傷が残ることが多い。  にぃ様は大丈夫って言うけど……私は私以外の人がにぃ様を傷つけるのが許せない。 「大丈夫、女の扱いはわかってる! 私も女だからね」 「ならいいけど……気をつけてね」 「うん、ありがとう。にぃ様も気をつけてね。最近警察がよくいるみたいだから」  優しい優しい私だけのにぃ様。  にぃ様は知らないと思うけど、檻の中の女たちはにぃ様より私のことを怖がってるんだよ。 「さぁ、にぃ様はいなくなったよ。あんた達のだぁーい好きなにぃ様が」  女たちの目付きが変わる。私のことを怖がってるのに誰一人私から目を離さないなんて……今日は誰を選んでも正解みたい。 「じゃあ今日は……あんた」    私が指さした女は周りを見て助けを求めてるけど、誰も助けようとなんてしない。 「無駄無駄、みんな自分が可愛いもん。誰もあんたを助けようとなんてしないよ」  女を檻から出すと、女はじたばたと暴れだして助けてと泣き叫ぶ。あぁうるさい。でもこれは当たりかも、私の今の気分にピッタリ。 「オープンまであと二時間……二時間で私がいないとダメな体に調教してあげる」 「お願いします……助けて、何でもしますから……お願い!」  しつこい。 「うるさい子は嫌いなの。まずは黙らせることから始めないとね」  ここは特殊性癖を持つお客たちを満足させる店。調教するための道具なんて腐るほど用意してある。 「さぁ、あなたはどこまで死なずにいられるかな?」  今日の気分は主人。死ぬまであなたを痛めつけて絶頂させ続けてあげる。 「ジイド、開店時間はまだなんだけど」  お楽しみの最中、店の扉をばんばん叩く阿呆は一人だけ。ジイドはいつも時間を守らなくて嫌になる。金持ちだからいつもたくさん払ってくれるけど……だからといって私の邪魔をするのは許せない。 「大金払うんだからいいだろ、それに全裸で出てくるなよ」 「今お楽しみ中だったの」 「カミョムとか?」 「違う、商品の女と。もし今私がカミョムとセックスしてたらあんたのこと殺してる」  店にいる時の私たちは本名を名乗らない。にぃ様はカミョム、私はエテルノ。  小さい頃に父の友人から貰った偽物の名前。悪いことをする時はこの名前を名乗るように、彼はそう言っていた。 「はぁ……個室はもう用意してあるから」 「流石エテルノ、準備が早い」  仕方なくジイドを入れると、どこから集まってきたのか店の入口に人が群れ始める。 「エテルノ、俺ももう入れてくれよ」 「この日をどれだけ待ってたか」  もうこうなったら……何を言ってもダメ。 「早く入れてやってもいいけど、全員追加料金払わせるからね」    お客たちは吸い込まれるように店に入っていく。私が最後に言ったことなんて聞いてないでしょ……本当にここに来るお客はみんな頭が弱すぎる。 「はぁ、勘弁してよね」  開店から地獄のように忙しい。誰が来たのか把握して女を渡す。そして誰がどのクラスの女を何人殺したかも見てないと商売にならない。  にぃ様はこの仕事が好きみたいだけど……私は好きになれない。 「なぁ、エテルノだったっけ?」 「……忙しいからあっち行って」 「あそこの女たちはもうみんな死んでて使えねーの。お前が俺の相手してくれない?」 「…………あ゛?」  お客たちがざわざわし始める。うるさいしムカつく。 「エテルノに手を出すなんて……」 「あいつ、知らなさすぎるだろ」 「さぁ、久々にエテルノの本性が見れるぞ」  この店は紹介制、このクソ野郎を紹介した奴も探し出して殺してやる。 「私に手出していいのはにぃ様だけ。あんたじゃない」 「にぃ、様? あぁ、そういう事ね。お前近親相姦が好きなのか。なら俺がそのにぃ様になりきって本物より気持ちよくしてやるよ」 「汚い口でにぃ様って言わないで」  口を切り裂いて、腕に突き刺して、上から下にナイフをずぷずぷ刺していく。 「銃持ってきて」  お客に持ってこさせた銃で男の耳を撃ち抜く。 「大っきいピアスホール」 「にぃ様⁉ びっくりした……いつ戻ってたの?」 「今さっき。商品を檻に入れて戻ったらねぇ様が暴れてた」 「……ごめん、帳簿つけられてない」 「ねぇ様に何にもなくて良かった」  にぃ様が私の手から銃を取ると、男のイチモツを容赦なく撃つ。何度も何度も、もう切れちゃってるんじゃないかと思うぐらいたくさん。 「ねぇ様、これでいい?」 「うん、ありがとう」 「ねぇ様なんで裸なの?」 「あ、忙しすぎて全裸だってこと忘れてた。服着てくるね」  死んだのか気絶してるのか知らないけど、私に手を出そうとした男を床に放置したまま着替えて戻って来た頃には、男の肉も血も綺麗さっぱり無くなってた。 「にぃ様に片付け任せちゃったね、ありがとう」 「大丈夫。ねぇ様にオープン任せたからこれぐらいしないと」  それからはいつもと同じ。お客たちに目を光らせて帳簿をつけて、要望があったら好みの女を檻から出す。  男たちが本能剥き出して女を犯して殺して解体して食べる。いつもと同じ、何も変わらない日常風景。 「お、カミョムも戻ってきてたんだな!」 「お風呂ならもう用意してあります」 「いちいちこっち来なくていいから! 早くその返り血流してきて。床が汚れちゃう」 「がはは! エテルノはいつも手厳しいなぁ」  ジイドが個室から出てきた。体に大量の返り血付けてたし……お風呂入ってる間に掃除しないと。 「にぃ様、帳簿よろしくね」  受け付けを離れて個室に入ると噎せ返る血の匂いとそこら中に飛び散る血と肉。バラバラに砕かれた骨。そりゃもう地獄絵図という言葉がとても似合う風景。 「もう! ジイドはいっつも乱暴しすぎ! 片付ける私たちのこと考えてよね!」  下のホールにいるお客たちも酷いけどジイドは比べ物にならないぐらいに酷い。ジイドの相手をした女たちは少しだって元の形ではいられない。  ジイドはお金をたくさん払ってるから店としては許してるけど……私個人としては許したくない。掃除が面倒っていうのと、ジイドの好みが私と似てるから。私が虐めようと思ってた女をいっつもジイドが予約しちゃうんだもん。欲求不満。 「ねぇ様」 「ん? にぃ様まで受け付け離れていいの?」  私が掃除してる個室は二階、受け付けがあるのは一階。私もにぃ様も離れちゃったら誰も帳簿を付けられない。 「シロさんが来てる」 「……わかった、行こ」  にぃ様と受け付けに戻ると袖とスカート部分がレースの真っ白なワンピースを着たうさぎのお面を付けた女。それと、上下真っ黒な服を着た黒猫のお面を付けた人。 「今日も繁盛してるみたいでなにより」 「今日はなんの用?」 「ねぇ様、言い方が怖い。すみません」 「大丈夫よ、すぐ帰るから」  こんな店に関わってるくせに、自分は違う所にいるって言ってるみたいでこの女は嫌い。黒猫はいつも何も言わないで女の後ろにいるだけだし……この二人は気に食わない。 「明後日の夕方、二人とも空いてる?」 「はい。僕もねぇ様も家にいると思います」 「良かった。話したいことがあるから家に行くわ」 「わかりました」 「……エテルノ、いいわよね?」 「来るなって言っても来るでしょ」 「あら、エテルノはいつまで経っても変わらないわね」  早く帰れアバズレ。 「あんたの相手してると帳簿が付けられないけどいいの?」 「それはいけないわね。じゃあ、また明後日」 「はい。気をつけて帰ってください」 「えぇ、ありがとうね」  真っ白なワンピースが揺れる度にほのかに花の匂いがする。金髪の髪の毛は店の明かりを反射させてキラキラと光り輝いてる。 「ねぇ様はシロさんにいつも冷たいよね」 「……あの女はなんか気に食わないの」 「シロさんとても美人なのに。背は低いけど大人っぽいし、いくつなんだろうね?」  人を痛めつけるのが好きで、痛めつけられるのも好きで、人を攫って殺して、人を殺す店を営業してて……いつも血の匂いが取れない私。特別可愛い訳でもない。あのアバズレは……私に無いものをたくさん持ってるのに、私が一番欲しいものまで手に入れた。 「にぃ様、早く帳簿付けないと。私も個室の掃除終わってないから戻るね」 「そうだ、忘れてた。シロさんに会えたの久々だから嬉しくなっちゃった」  にぃ様は私だけを見てれば良かった。私は今でもにぃ様だけを見てるのに、にぃ様は私を双子としてしか見てくれない。毎日セックスしてたって私だけを見てくれない。  なんであんなアバズレなんかに恋するの?
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