【中学生編】——八島俊介——

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【中学生編】——八島俊介——

 三年生にとっては最後の夏。  永徳学園男子バレー部は蒸し器と化した館内で、涼しげなユニフォームのまま予選敗退という結果で三年生を送り出した。  それがつい先月のこと。  今は夏休みに突入し、さらに暑さに拍車がかかる館内で入部してまだ間もない初心者の八島俊介(やつしましゅんすけ)が顧問に狙い打ちされている。 「八島!! 腰の位置が高い!! もっと腰を下ろしてレシーブだ!!」  八島と大して変わらない背丈でしゃかりき動く顧問の高崎(たかさき)先生は、中体連が終わるまではこのような熱血漢ではなかった。  初心者の八島にも懇切丁寧にバレーの基礎を教えてくれていたが、三年が引退したと同時に「予選敗退で送り出してしまった責任」を理由にまるで人が変わったように部活に熱が入っている。  去年も予選敗退で終わっているらしいが、今年の熱の入りようは先輩達を見ていればわかる。  ——異常だ。  その原因が八島俊介であることも、部員と顧問を見ていれば自ずとわかってくる。  まず体格に恵まれている。一年でありながら、既に170㎝を突破し未だ止まることを知らない。  それから、なんと言ってもバレーセンス。バレーボールを触り始めて数ヶ月だが、一通りの基礎は出来るようになり、スパイクはきちんとドライブをかけて叩きつけられるになったのだ。  そんなルーキーに、顧問の高崎先生は期待せずにはいられないのだろう。部員の目があるにもかかわらず、八島だけをロックオンし続けるスリーマンには毎日反吐が出る思いだ。 (俺が割と何でもできるから。部員の中で一番背が高いから。高崎先生に目をかけてもらっているから。妬まれる理由が多いからといって、これはないだろ)  「へいへい、八島へばってんなよー! センターのお前が取るボールだからな」高崎先生は意気揚々と遠くにボールを飛ばす。  コートのエンドライン越えしたボールを追いかける八島に、フォローは来ない。今追っているボールを落とすとでも高を括っているのだろうか。  「スリーマン」というのは、センターにいる八島以外にレフトとライトの合わせて三人でボールを繋ぐ練習ではなかったか。   (ちきしょう……っ、足が、重ぇ)  茹だるような暑さの中、床に這いつくばってはすぐに立ち上がり、それからまた滑り込んででも床へ落ちるボールを拾う。  フォローなしで高崎先生の元へ一回で返す八島に、休むゆとりはない。  おかげで、体温は上昇しっぱなしである。  いくつかの冷ややかな視線を感じるが、そんなもので体が冷えてくれて、脚が軽くなってくれるのなら、どれほど良かったか。  ただただ不快で、疎外感を感じるだけだった。  初心者なら同じ一年でもいるはずなのに。  そして、休みなく出されるボールを追いかけながら、八島は急な眠気に襲われた。 (なんか——眠ぃ)  もつれた脚で床へ倒れ込んだ八島は、そのままゆっくりと意識を手放した。    「あ、起きた」  磨りガラス越しに見るような視界から、ひんやりとした部屋で横たわる八島にうちわを仰ぐ一人の男が見え始める。 「篠田ー、八島が起きたから高崎先生に伝えてきて。俺はこのままコイツを冷やしとくから」 「……それ、岸先輩がやらなきゃいけないことですか?」 「え、何?」 「いえ、何でも」  どうやら奥にもう一人いたらしいが、八島にとっては二人して気に食わない奴がいて不愉快極まりない。 (岸先輩はともかく、篠田は俺と同じ一年のくせに先輩たちと同じポジで俺を煙たがってんの解せねぇんだよな。そりゃ、ぽっと出の俺がいつもコートに立ってっからだろうけど)  視界が明瞭になった頃、舌打ちでも聞こえてきそうな表情で八島を一瞥して保健室を後にする篠田広大。  篠田こそ、高崎先生の期待のルーキーとして扱われて然るべき人間だとは八島も感じている。  バレー経験があり、背丈だって低いわけでもないのだ。  少なくとも現時点では、篠田の方がテクニックは上で即戦力になるはずだ。    だからこそ、背丈がものをいう競技なら仕方ないとも思う。  今目の前で八島にうちわを持っている岸先輩は部内で一番小さく、今年の中体連では八島と同等に機会的交代(ピンチサーバー)を努めていたのだから。  多少憐れんだ視線を岸先輩に送れば、「脱水を起こしてるらしいから、起き上がらずにそのままでな」と人懐こい顔のまま仰ぎ続ける。  それに無言で返事をしても、岸先輩は意に介さず半ば独り言のように八島に語りかけた。 「夏休み始まってから、うちの部活もすっかり強豪のなりになったよねぇ。練習がめちゃくちゃ過酷でさぁ」  「前はこんなんじゃなかったよね」とひとりごちる岸先輩。  どうやら岸先輩も他の先輩たちと同じく、八島を疎ましく思っているらしい。  しかし、嫌な顔ひとつせず、嫌味はオブラートに包んで口にするあたり、嫌な大人のようだ。 「俺がバレー部に入ったからっスか」 「え?! そんなこと思ってない! というか……そんなばったり倒れるくらい辛いなら……辞めてくれていいんだよ? 誰も文句言わないからさ」  前言撤回だ。岸先輩は変化球を豪速球で八島に投げつける大人気ない先輩だ。 「……顔に似合わずハッキリ言いますね」 「え、何が?」    このあとに「岸先輩から勧誘したくせに」と言いたかったが、ただの勧誘に何の強制力も無かったので、仕切られたカーテンの方を向いて会話をぶった斬った。  それでもうちわで仰ぎ続ける岸先輩は、どこまでも性格の悪い人だ。  気に食わない人間と二人でいる空気に耐えられず、未だ重い体を起こす。 「俺、もう大丈夫なんで」 「ちょ、ダメダメ! 大人しく寝てて。ただの脱水じゃないから。熱中症だから。侮るとマジで痛い目見るから」 (いや、もう散々走り回され既に痛い目見て、この有様なんだけど)  しかし、目の前の八島より一回りも二回りも小さい岸先輩がバテないで、体のデカイ八島がバテて倒れている事実がどうしようもなく恥ずかしくなり、一度起こした体を再度ベッドに倒した。  拳の一発くらいは入れてやりたかったが、なぜか出来なかった。先輩というフィルター以前に、これだけ体格の差があれば女子と相対しているように感じてしまったのだ。  それから盛大なため息をついて鬱陶しさ全開を伝えてみたが、全く相手にされなかった。 (はぁ……あちこちで勧誘は来てたのになぁ……俺、「ハズレくじ」引いたな)  岸先輩の誘いに乗った時点で、八島の今年の運勢は大凶の波に呑まれていたのだろう。
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