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女子の寄り付かない部活ならどこでも良いから、とよく吟味せずに岸先輩の口車に乗せられて入部してみればこの有様。
岸先輩に背を向けたまま、再度嘆息を吐く。
思春期の女は急に「男」を意識し、群がったり妙なスキンシップを取りたがったりと、なかなか面倒な生き物に変わってきた。
それに反応する男も、理解できなくなってきた今日この頃。一番熱心に勧誘してきた岸先輩のいる男子バレー部へと入部してしまった。
そして、あっという間に中体連が始まるも、たった一日で三年は最後の夏を終え引退した。それによって、どこよりも早く新チームでの練習に取り掛かることができたというのは皮肉な話だ。
だが、ここからが予想だにしない展開だった。
急な期待とプレッシャー、それから妬み嫉みに苛まれ、夏休みのハードな練習に耐えられるはずもなく——このような状態だ。
何より、八島はクラブ経験がない。運動なんて小学校の体育くらいのものだ。
それがいきなり毎日丸一日練習漬けの日々になったのだ、恵まれた体格とセンスだけではどうにもならない部分がまだまだたくさんあるようだ。
そう考えると再燃する悔しさ。「やっぱ、マジで大丈夫なんで、練習戻っていいスか」八島はぶっきらぼうに言いながら、体を起こし岸先輩に視線をやる。
「それと俺、部活辞めてなんかやらないスよ」
八島の発言に肩を揺らす岸先輩。少しの動揺はしてくれるらしい。
「それは……大した根性だけど……無茶はしないでよ。無理に誘ってしまったのは俺だし」
岸先輩はどうしても諸悪の根源になった八島を辞めさせたいのか、同情を装ったまま辞めろ、と言ってくる。
作られた八の字眉が恨めしい。
「おーい八島ぁ、生きてっかー」
篠田から報告を受けた高崎先生がちょうど様子を見にやってきた。反骨精神だけで岸先輩に刃向かっていただけに、この仲介は渡に船だった。
「岸は練習に戻っていいぞ。今ちょうどスパイク練してっから、トス上げてやれ」
「はい。じゃあ八島、安静にしてるんだよ」
「……っス」
(アンタは俺の母ちゃんかよ)
「大事には至らなさそうだな」と岸先輩と入れ替わり丸椅子に座る高崎先生。背丈こそ八島と変わらないが、骨格が大人で発展途上の八島よりはしっかりした体つきだ。
俗に言う「運動してきた人の体」ともいうべきか。
「保健室の先生からは、軽度の熱中症とハードな練習でバテてるだけってさ。今日はこのまま十分水分補給と休息をとれば問題無いだろう。ただ、八島の親御さんと連絡が取れなかったから、帰りは俺が送って行くことにしたから。あと二時間程度で練習終わるが、それまで待てるか」
「っス」
「……」
まだ何か言いたそうに視線を逸らしては言葉を呑み込む高崎先生。先刻の厳しい顧問の威厳はすっかりと消え去っている。
「しんどい、よな」
俯きがちに出た言葉に八島は固まってしまった。
「俺も四年前に赴任してきて知ったんだけど、永徳学園って万年予選落ちの弱小チームらしいんだと。でも今年はお前が入ってきてなんかいけそうな感じがしてんだよ。変われそうだなって」
「はぁ……」
「そういえば、八島は何でバレー部に入った?」
「……岸先輩に誘われたからっス」
「なるほど。じゃあ、岸がバレーじゃない部活だったら、そっちに入ってたってことか」
「それは、まぁ」
(女絡みのあるところは面倒臭そうだけど)
「そうだよな、その程度の熱量だよな」
(何なんだよ、此処はお受験してきたガリ勉の集まる私立だろ?! 私立は黙って勉強してりゃいいんじゃねぇのかよ。内申点のための部活じゃねぇのかよ)
「そりゃ、受験戦争に勝ってきた生徒達が集まってんだもん、勉強優先のお部活程度だもんな」
「っス」
八島の握り拳が少し緩んだ。
「でもなぁ、お前、センスあるよ。クラブ経験ねぇくせに一丁前に限界まで走り込めるし、飲み込みも早いしよ」
「だからこそ、俺が八島を特別視している自覚はある」と高崎先生は八島を特別視していることを明言する。
「急に練習も厳しくしたし、部内は不満噴出といったところか」
「……そこまで分かってんなら、どうにかして下さいよ。先輩らには目をつけられ、同級生——いや、篠田だけ先輩らと同じ目線で後ろ指差してくるみてぇで。たまったもんじゃないっス」
「だよなぁ。篠田はよく分からんが、良くも悪くも俺がトリガーで、八島が刺激になってんだもんな」
「だけどさぁ、ついてきてくれるか? ちょっとばかし青春しようじゃん」と謹厳実直な顔をしていう。
その顔の下で固く握られた高崎先生の両手は、力が入りすぎて肌の色が赤くなっていた。
「背負い込む必要はないんだ。俺いるし、主将の多田や岸だっている」
「多田先輩はともかく……岸先輩は望み薄です」
そういって視線を逸らせば、高崎先生はひとつ笑いを溢して優しげな雰囲気を纏わせた。
「意外と素直な八島なら大丈夫だ。多田は一歩引いたところで人を見れるから六人でシート練をする時も声をかけやすいと思う。つうか、今入ってる暫定レギュラー陣は全員声をかけやすいと思うから心配すんな」
「い、いや俺が心配してるっつうか、合わないのは岸先輩がダントツの一位なんスよ」
「おう、それも心配いらねぇよ」
「ちょっと待ってろ」とだけ言うと、高崎先生は一旦席を外し、パソコンを小脇に抱えてすぐ戻ってきた。
「八島が入部してくる前までは、岸がスタメンで入ってたんだよ。んで、その時の映像が少しばかりあるから見てけよ。万年予選敗退の私立校だから、夏の中体連と秋の新人戦以外の公式戦はおろか、練習試合もまともに呼んでもらえないからさ、映像として残ってんのはほんの数試合分だけなんだけど」
ベッドテーブルを取り出して八島の上に置いた高崎先生は、つらつらと説明をしながらパソコンを開いて準備する。
「岸の動きだけを注視してみ? ——そんで、学べるところは学んでみろ。面白いぞ?」
「仮に八島が岸のレギュラー入りを阻んだとしても、そんなことは些末なことだと今に分かるさ」立ち上がった高崎先生はわしわしと八島の頭を乱雑に掻き乱して練習に戻った。
「だから……岸先輩自身が勧誘しなければ良かったと思ってる話であって、レギュラーの件はどう思ってるのかすら知らねぇよ……。つか、サマツってどういう意味だよ!!」
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