僕と金魚

2/8
前へ
/8ページ
次へ
 僕は長方形のタライの中を覗き込んだ。元気に泳ぎまわる子、端っこでじっとしている子、群れでスイスイと泳いでる子、水泳選手のように素早く泳ぐ子。うーん、どれを狙えばいいのか。取りやすそうな子を狙っても、正直金魚なんて上手くすくえた試しがない。  赤いポイをぎゅっと握る。この屋台のポイは薄い紙が貼ってある虫メガネみたいな形をしたポイだった。たまにモナカを洗濯バサミではさんだ残念なポイがあるけど、僕はあれが嫌いだ。だって、紙で出来たやつより破けやすいんだもん。一回水に浸けたらすぐふやけて、とてもじゃないけど金魚なんてすくえる状態じゃなくなる。だから、モナカのポイを使っている屋台はぼったくりに違いないので近付かないようにしているのだ。  ぱしゃり。  水しぶきが上がる。パッと水面を見ると一匹の金魚と目が合った。こんなに大量にいる中で何をバカなと思うかもしれないけど、黒い瞳と本当に目が合ったのだ。  金魚は何かを訴えるようにパクパクと口を動かし、小さな目でじっと僕を見つめる。  ……この子をすくおう。  僕は何故かそう思った。きっと、最初に飛び跳ねた金魚もこいつだったのだろう。  ポイを水に近付ける。危険を感じたのか、金魚たちは逃げるように泳ぎ出すが、その一匹だけは待っているかのように動かない。  僕は金魚すくいが得意じゃない。今まで一度だって自分の力ですくったことがないのだ。  それなのに。  まるでポイに引き寄せられるように、真っ赤な金魚が薄い紙の上に乗る。そのままぽちゃりとおわんの中に飛び込むように入って行った。 持っていたポイはあっという間に破けてしまった。 「おっ! なかなかうまいじゃねーか!」  何が起こったのかよくわからないまま、おじさんから金魚が入ったビニール袋を渡される。僕は祭りの喧騒の中を、透明なビニール袋を見ながら歩いて行く。  僕が初めてすくった金魚。  真っ赤な体に少し長めの尾をひらひらと靡かせ、黒い小さな目で僕を見ている。正面から目が合うと、口をパクパクさせて僕をじっと見続ける。……かわいい。  確か昔使ってた水槽があったはずだ。帰ったら探してみよう。あとはカルキ抜きとエサを準備して……そうだ。どうせ飼うなら名前を付けなくちゃ。う〜ん、何がいいだろう。家に帰る間、僕はずっとわくわくしていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加