金魚すくい

僕と金魚

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　『デメ子』

　僕は金魚にデメ子という名前を付けた。この子は別に出目金じゃないしむしろ目は小さい方なんだけど、隣で金魚すくいをしていた女の子がデメキンが欲しいデメキンが欲しいと騒いでいたのがやけに印象的だったので、気付いたらそう呼んでいた。金魚自身も気に入っているようで、名前を呼ぶたび嬉しそうに近寄ってくる。

　僕はあの日からずっとデメ子の世話をし、「金魚飼育日誌」というものをつけるほど可愛がっていた。飼育日誌にはデメ子の写真とその日の様子、エサやりや水槽掃除の様子などを書いている。夏休みの宿題も兼ねているので一石二鳥だ。

　一度、デメ子をもっと広い場所で泳がせてあげようと、風呂の浴槽にカルキを抜いた水を溜め、そこにデメ子を放ったことがあった。デメ子は気持ち良さそうに浴槽を泳ぎ回っていたが、仕事から帰って来た母さんに見つかって僕は大目玉をくらった。

　母さんのヒステリックな説教をＢＧＭに浴槽をしっかりと掃除する。叩かれた頬が熱を持って痛い。母さんはいつもこうだ。怒るとすぐ手が出る。女手一つで育ててるんだからそれなりに苦労してるんだろうけど、そのストレスを全て僕にぶつけてくるのだ。だから普段は怒らせないように大人しくしてるのに、今日は失敗したなぁ。

　自分の部屋に戻った僕をデメ子は水槽の中から申し訳なさそうな目で見ていたので、心配ないよと笑ってみせた。君が楽しそうだったから良いんだ。うん。

＊

　金魚に名前をつけてはいけないらしい、と知ったのは、たまたま見ていたテレビ番組でだった。なんでも、名前をつけて可愛がっていると金魚が死んだ時道連れにされるらしいのだ。名前には力が宿るから。大事にされてた金魚ほど寂しいという気持ちが大きく、道連れを呼んでしまうのだろう。

　でもその時僕はすでに金魚に名前を付けていたし、今さら変える気はなかった。迎えに来るなら来ればいい。

「デメ子」

　デメ子は今の話を聞いていたのか、不安そうに口をパクパクさせる。

「大丈夫だよデメ子。君が一人になりたくないなら迷わず僕を呼べばいい。僕はいつだって君の味方だよ」

　僕はガラスの水槽をちょんちょん、と叩いた。デメ子はやっぱり何か言いたそうにパクパクと口を動かしていた。