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「ボクはね、あの小さな箱の中で生涯を終えるんだと思ってたんだ。何をしたわけでもないのに人間に追い回されて、次の場所に行ってもそれは変わらなくて、すくわれなかったら処分されて終わり。だったらその前に、せめて誰かにすくってもらおうと思って合図を出していたんだ。誰にも気付かれなかったけどね。でもあの日、君が気付いてくれた」
合図……ぱしゃりと上がった水しぶきのことを思い出した。
「嬉しかったんだ。ボクに気付いてくれて。ボクのために毎日エサをくれて、掃除もしてくれて、元気がないと心配してくれて。お母さんに怒られてもボクのことを気にして広い場所で泳がせてくれた。君は心の優しい男の子だ。短い間だったけど君と過ごせて幸せだった。……ユウキ、ボクに名前を付けてくれてありがとう」
その言葉に胸のあたりが熱くなる。小さく息を吸って、なんとか口を開いた。
「君は……デメ子は、僕を連れて行ってはくれないの?」
「うん。連れて行かないよ。ユウキを道連れになんかしない」
「どうして? なんで連れてってくれないの? 僕は……僕は君がいなくなったら一人ぼっちなのに!!」
デメ子はふわりと笑った。
「大丈夫。君は一人じゃないよ。ボクを心配するその優しさがあるなら、君にはたくさんの友達が出来るから。まだみんな君の優しさに気付いてないだけさ。夏休みが明けたらみんなと話してごらんよ」
「でも、」
「自信を持って。ボクはユウキに救われたんだから」
射し込む光が強くなった。デメ子がふと上を見上げる。
「……そろそろ時間みたいだ」
「ま、待って! 待ってよデメ子! 行かないで! 僕だって君に伝えたいことが……!」
「今まで本当にありがとう、ユウキ。君の幸せを遠くから願っているよ」
デメ子はひらひらと尾鰭を靡かせながら上に向かって泳いで行った。
「デメ子!!」
違う、違うんだ。デメ子は僕に救われたって言ってたけど、あれは違う。救われたのは僕の方だ。君といて幸せだったのは僕の方だ。一人ぼっちだった僕の、唯一の友達。
光の向こうに消えていくデメ子に手を伸ばすが、その手は届かない。カメラのフラッシュのような強い光に、僕は反射的に目を閉じた。
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