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魔族の俺と、人の君
世界は人と魔族がせめぎ合い、領土を奪い合っていた。 20年に一度、互いの代表を出し合って土地をかけて戦う。
せめぎ合っているといっても、現在人は魔族に負け続けていて、あと一度負けてしまうと全ての土地を奪われてしまう瀬戸際に立たされていた。 日々鍛錬を積み、栄養を取り、休息も十分。
人の代表であるアレックスは静かに目を開けた。
「ついに、今日という日が来た」
今日がその代表戦であり、18歳のアレックスの力に人の全てがかかっている。 責任は重いが、勇者として選ばれたことには誇りを持っていた。
愛用している剣を手に取ると、日課として何年も続けている訓練へと出る。 これが最後になると思えば感慨深いものがあった。
―――人間の未来は俺にかかっている、か。
人と魔族の戦いで人が負け続けているのには理由がある。 基本的に人は魔法を使えない。 己の肉体のみで戦わなければならない人と、自由自在に炎や雷を扱える魔族ではそもそも勝ち目がない。
だからといって、勝負を諦められるはずもない。 自分が負ければ全てを奪われる。 家族も友も、全てだ。
現在の人と魔族の関係を見れば、人が負ければ絶滅させられてしまうのが分かり切っているのだから。
「ふぅぅぅぅ」
訓練を終えたアレックスは、プレッシャーを感じつつも戦闘用の真っ白な服に着替える。 剣を腰に差すと玄関へと向かった。
「アレックス、今日は頑張ってね」
「まずは城へ行って、王様に挨拶をしてくるんだぞ」
両親の笑顔が重い。 二人共、不安で仕方がないだろうが、アレックスにプレッシャーをかけないよう気丈に振舞っているのが分かった。 それに応えるには勝つしかない。
アレックスも全てを押し殺し笑顔で手を振った。
「うん、分かってる。 行ってきます」
アレックスの家庭はごくごく一般的な普通の家庭である。 そんな彼が勇者として選ばれたのは、王の神託のためだ。 人の代表として最も適しているものを選び出し選任する。
当然アレックスは王を守る義務もあり、その挨拶をしに行く。 この勝負の結果がどうであれ、人の代表としての王が討たれれば人の負けは確定するのだ。 歩いていると魔族が見えた。
人の土地と魔族の土地は領土で分けられているが、壁などで隔てられているわけではない。 空間に色があり、薄ければ人間側、濃ければ魔族側と判別できる。
その気になれば相手の領地へは行けるが、理由なく立ち入れば排除されてしまうのが明白。 それでも境界付近ともなれば、互いにその姿を目視できるというわけだ。
―――・・・あれ、魔族の奴ら、今日は魔力が強過ぎないか?
人間と魔族の容姿の違いは魔力しかない。 魔族は紫色の魔力を常に身に纏っている。 大人になるにつれその魔力が濃くなることは分かっていた。
だがそれは昨日今日でいきなり強まったりするはずがない。
―――今日が勇者同士の対決の日だからか?
―――殺気立つと魔力も強まるのかもしれない。
―――・・・魔族は有利だから、そんなに気を張らなくてもいいと思うけどな。
深呼吸して前を向くと、拳を強く握り締めた。
「ハロルド、待っていろよ。 俺はお前に絶対に負けたりはしない」
ハロルドというのは魔族側の代表の名だ。 アレックスの目は真剣そのものだった。
「ハロルドに裏切られた時の胸の痛み、忘れていないからな。 この苦しみを、お前にも味わわせてやる」
アレックスは過去のことを思い出していた。
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