なっちゃんの夏休み

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「なっちゃん、大きくなったわね」  お祖母ちゃんは大きな青いリボンのついたつばの広い麦藁帽子を脱ぎ捨てるなり、なつを抱きしめた。  バラの模様が鮮やかなシフォンのワンピースを着て、ヒールの高いレースアップサンダルを履いたお祖母ちゃんは、なつが物心ついた頃からこの姿のままだ。  友達の家にいるお祖母ちゃんが、いわゆるご高齢のご婦人なのは知っていたが、自分のお祖母ちゃんがほかのお祖母ちゃんとは全然違う姿であることに、疑問を感じたことは一度もなかった。  なつのお祖母ちゃんは、この人しかいないからだ。 「小鬼が角を取り返しに来たんですってね、レインが間に合って本当によかった」  冷房の効いたリビングのソファの上に丸くなっているレインをうっとりと優しい手付きで撫でて、お祖母ちゃんは言った。  レインは喧嘩傷でささくれた大きな丸顔をお祖母ちゃんの手に押し付け、なつのところにまで聞こえるくらいの大声でゴロゴロと喉を鳴らしてこたえた。 「小鬼? あれ、鬼なの?」 「そうよ、昔、台風でもないのに大水を起こして川を溢れさせた悪い鬼がいたの。お仕置きに角を折って埋めておいたのを、いまだに返してほしいと泣きついてくるのよ」 「今日、レインも祖母ちゃんもいない事を知って、なっちゃんを騙して入り込んできたんだな」  冷たいスイカを切り分けてくれながら祥一が言った。 「あの、お祖母ちゃん」  手にこぼれた甘い汁を舐めて、お行儀悪いとお祖母ちゃんに叱られている祥一とお祖母ちゃんに、なつは向き直った。 「聞きたいことがあるんだけど」  急に真面目な顔になったなつに、お祖母ちゃんは上を向いてなにかを指折り数え始めた。 「そっか、なっちゃんもうすぐお誕生日でしょ? いくつになるの」 「11才」 「ということは、数え年で13才になるのね。もう秘密にしておく必要はないのよね」 「秘密?」  聞き返したなつに、お祖母ちゃんは簡潔に宣言した。 「私たち、魔女なのよ」  お祖母ちゃんの話では、なつの母の有希絵も祥一の母であり、なつの叔母である静香も、今年中学三年生で受験勉強に忙しい従姉の晶乃ちゃんも妹の和乃ちゃんも、お祖母ちゃんの血を継いだ女の子はみな魔女なのだそうだ。    「数えで13才ごろになると、魔力が発現しはじめるんだけど、それまで魔女であることは秘密にしているの」 「じゃ、みんな魔法が使えるの?」 「そうよ、魔力の特性はそれぞれ違うけどね、なっちゃんは割れたお皿がいつの間にか元通りになってたり、出先で失くした物が偶然を繰り返して戻ってきたりしたことない?」 「あるよ、あれはママがやってたの?」  お祖母ちゃんはニコニコしながらうなずいた。  魔法って便利だな、となつは思った。   「だけどね、魔力を使うには同じ価値のある供物が必要なの。なっちゃんの大切なモノや人がいつの間にか消えてしまったり傷ついてしまったりするかもしれないのよ」  お祖母ちゃんは笑顔のままで呟いた。   「魔女になりたくなかったら?」 「魔力を使わなかったら、いつか魔力は消えて人間として暮らせるわ。どちらを選んでもいいのよ、なっちゃんはなっちゃんなんだから。なにも変わらないわ」  なつと別れ際、ママが言ってた「どちらでもいいから」といったのはなつが魔女になるのか人間のまま暮らすのかどちらを選んでもどちらでもいい、ということだろう。  どちらを選んでも、なつは誕生日を祝ってもらえるし、かわらず家族として愛してもらえる。  そのうえで、どちらを選ぶのか、なつはこれから決めなければならない。    お祖母ちゃんはなつが持ってきたお土産の包みを嬉しそうに開けている。  祥一はシャクシャクとスイカを頬張り、レインはソファの上でノビをしながら横目でジロリとなつを見ている。   なつはお祖母ちゃんが買ってきてくれた葡萄を一粒、房からもぎってポイっと口に放り込んだ。  甘くてジューシーでちょっぴり渋い。  誕生日は明々後日だ。  今はもうすこしだけ子どものままでいたいな、となつは思った。 
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