03. ウィッシュメイカー

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03. ウィッシュメイカー

 アイシスとの旅も、もう三年になるか。  役に立ちそうだという当初の評価は、過小なものだったと思い知らされた。  火を自力で点け、大気から水を自由に引き出すのも助かるし、広範囲の敵を一息で殲滅する魔法には感嘆させられる。  魔法の連続使用が難しいのと、少々常識知らずなのを除けば、俺よりよほど単独で動けそうだ。  アイシスには度々危ないところを救われ、もう欠かせない相棒と言ってよい。  俺は彼女の保護者かつ護衛役といったところに収まってしまったが、上手くやれていると思いたい。  大陸の中央山脈の近く、とある崖の突端までやってきた俺達は、今日も禁区に在る遺跡に臨む。  「次はあの塔なの?」 「ああ。マグラス司令塔廃墟、古代遺跡を大戦時に前哨基地として改造したものらしい」  ふーん、とアイシスが地平線へ目を凝らす。  まだ塔は遥か遠く、崖の下には魔樹の茂る森が延々と広がる。  ひとしきり観察したあと、俺を残して彼女はすぐに後ろへ下がった。  アイシスの顔貌(かおかたち)は街だと目立つが、ここは禁区、振り返ってくる他人などいない。  俺は機能性を重視した硬革の防具に身を包み、彼女は杖にローブといういつも通りのスタイルだ。  アイシスは枯れ木を集め、火を起こす。  森に入ると迂闊に煙も立てられないため、突入前に温かいランチを食べておこうというのが彼女からの提案だった。 「冒険者の基本は食に在り。食べざる者、禁区を破るべからず」 「珍妙な標語を作んな。あと野菜も食え」 「肉の中に野菜成分は含まれてる」  相変わらず食い物には執着しており、食事を我慢させると途端に機嫌が悪くなる。  だが、森が危険なのは事実だ。魔物は間違いなく潜んでいるし、あいつらは今も侵入者を狩り続けている。  今回の禁区へ入ったら最後、体を休めるにも一苦労するだろう。 「ネーゼルは二切れ?」  とっておきの兎肉を取り出した彼女が、肉を串刺しにしながら尋ねた。  俺も作業を手伝いつつ、三切れ寄越せと答える。  ここへ来る直前、偶然狩れた兎は六枚のスライス肉に化けた。  半分ずつ分けて食べるのが正解だろうに、アイシスは隙あらば俺より食おうとする。 「あれだけ食べといて、どこに消えてるんだか」 「魔法を使うとお腹が減る。いっぱい使ってるから」 「嘘つけ、ここ一週間は移動しかしてねえだろ」  このやり取りは毎度のこと。彼女が本当に俺の食べる分を奪うことは稀だ。  俺だって体が資本だから、遠慮するつもりは毛頭無い。  二人で串を地面へ斜めに刺し、火が肉を(あぶ)るよう調整する。 「塔には護符はありそう?」 「いや……無いな。でも、手掛かりならあるかもしれん」  肉が焼けるまでの間、適当な会話で時間を潰す。  願いの護符(ウィッシュメイカー)は護符と言えど、そこらのお守り(アミュレット)と一緒にしてもらっては困る。  戦乱が大陸を焼き尽くさんと燃えた大戦末期、一人の大魔導士が精霊との契約に成功した。  三つ球が溶けてくっついた形をしているという伝説の秘具を、魔導士はその命と引き替えに手に入れる。  球は、願いを叶える究極の結晶だとか。  息絶える寸前、魔導士は精霊に、天に、世界に願った。  どうかこの果てなき炎を鎮めたまえ、と。  ウィッシュメイカーは三連の球、叶えられる願いは三つ。  どこぞで仕入れた知識だが、信憑性は高いと勘が告げる。  戦乱を止めるのに一つ使ったなら、まだ二つ叶えられる願いが残っていてもおかしくない。  俺はそれに賭け、ずっと禁区を旅している。 「戦争は終わったけどさ、これじゃ復興はまだまだ先だな」 「つらい?」 「まさか、おかげで俺にもチャンスがある。いつかウィッシュメイカーを見つけたら――」  言葉を切った俺の顔を、アイシスは訝しげに見つめる。  彼女との付き合いも長くなった。お互い信頼し合う仲間だと、今なら言える。  だけど、大事なことを一つ、ずっと口にしないままでいた。  俺は何を願うつもりなのかを。  ウィッシュメイカーを求めるのは、他人のためでも世の平安のためでもない。  もっと個人的で、わがままで、矮小な願いを叶えるためだ。  アイシスへ教えたら嫌われると(おび)え、今も言い出せずに焼けた肉を二人で(かじ)る。  兎が美味いだとか、俺の髪が伸びて邪魔だとか、他愛の無い会話で誤魔化せただろうか。  食事を終え、火を消し、装備を(あらた)めて再出発に備えた。  さあ、崖を下りて森へ、と踏み出した時、アイシスが俺を呼び止める。 「で、何を言おうとしたの?」 「えっ、いや……」  彼女が稀に見せる強い眼差しに、俺は心中を見透かされたように感じた。  いつまでも黙っておけるもんじゃないか。 「あのさ」 「うん、聞いてるよ」 「ウィッシュメイカーが手に入ったら、アイシスは何を願うつもりだ?」 「それを尋ねるなら、ネーゼルが先に答えてくれないと」  それもそうだ。  後出しで答えようなんてズルを、彼女は許してくれなかった。 「俺の願いは、自分勝手なものなんだ。軽蔑されるかもしれない」 「しない。教えて」 「そうか……。俺は、冒険者に憧れていたんだ。孤児の俺が身を立てる手段でもあったし、生活費も稼げる。でも、本音は冒険すること自体が好きなんだ」 「じゃあ、もう叶った?」 「まだ足りない。世界中の遺跡を、財宝を、全部見て回りたい。見るだけでいい」 「それが願いなのね」  楽しげに笑うアイシスに、少し安堵した。  ウィッシュメイカーなんて遺物があれば、普通はもっと壮大で高尚な願いをぶつけるものだろう。現に伝説の魔導士はそうした。  だけど、俺は冒険に生き、全てを踏破した最期に満足して死にたい。 「でも、護符を見つけた頃には、お爺ちゃんになっちゃうかもね」 「そん時はそん時だ。死ぬなら遺跡の中がいいな」 「ネーゼルは変わってる」 「よく言われる。んで、アイシスの願いは?」 「秘密」  そりゃないぜ、と怒る俺を聞き流し、彼女はただ微笑みながら歩き始める。  俺が怒鳴り疲れたタイミングで、彼女は真面目な面持ちに戻り、立ち止まった。 「ネーゼルの願いは叶うよ」 「おう、信じる者はってやつだな」 「ちょっと違うかも。もう届いたから、願い」 「そりゃどういう意味――おいっ、走るなって!」  軽やかに先行するアイシスを追いかけるのに、全力疾走するハメになる。  華奢な身体のくせに、なんであんなに体力があるんだ。  苦笑いするしつつも、「お爺ちゃん、遅い」とからかう言葉には断固抗議する。まだそんな歳じゃねえぞ。  まるで妖精みたいな彼女が何者なのか、その答えが得られるのは、まだずっと先のことだった。 了
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