『脱がし屋さん』

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 三日目。 「『物書きさん』はネットで顔も知らない相手から誹謗中傷を受けたことはありますか?」  げっぷを繰り返しながら、『母上殿』が用意してくれたお菓子を食べながら、パソコン画面から目を離さず『タカリ屋さん』が言った。ついさっきまで今日の『判断』の議論をしていたのに。 「ないね。たまにツイッターで『エゴサ』もしてたけど。最近は『エゴサ』も今の風潮からしないようにしてるし。それに僕自身、何者でもないからね。僕に悪意を持つ人なんかいないと言うより興味を持つ人さえいないと思うよ」  今は『エアリプ』だとか『鍵垢』だとか本人には見えない、気が付かないよう悪意をネットで吐き出す方法もある。昨夜、僕が決心したことなどは敢えて『タカリ屋さん』には伝えていない。 「見ます?」  え?僕に対する誹謗中傷が書かれているのか?僕はドキッとした。『タカリ屋さん』の言葉だからより一層ドキッとした。それを見れば僕は傷つくのか。単なる卑怯者の遠吠え、カスの落書きと簡単に流せるのか。僕には想像がつかない。でも僕は『物書きの端くれ』だ。将来は『物書き』になれるものならなりたいと思っている。もしその夢が叶えば。僕の『物語』は商業の世界に出ることになる。そうなれば賞賛も批判も当然受ける。今は書籍でさえ、星で評価される。むしろ批判だろうと評価ゼロよりはその方が少なくともその読者の時間を使って読んでくれてから、さらに書き込むまで時間を割いてくれていることなので。その読み手の人生に書き手は関わったことになる。思い当たる僕に対する誹謗中傷ならおそらくネットにあげている小説に対してだろう。リアルでは僕に対して悪意どころか興味を持つ人間が思いつかない。昔、誰かをいじめたとか、恨みを買うようなことをした覚えもない。  考えても始まらない。 「見てみるよ」  僕は勇気をもって答えた。げっぷを繰り返しながら相変わらずコーラを飲んでいる『タカリ屋さん』が大型テレビにある巨大ネット掲示板を映し出した。 「小春の自演うざ」  『小春』は僕のペンネームだ。僕の心臓が何か大きなものでギュッとつかまれる。 「ポイント稼ぎが露骨でバレバレ。本人必死なんだろ」 「現役高校生も設定でしょ。リアルではおっさん自宅警備員www高校生コンテストに参加する必死さで草しかないわ」 「他人の作品からパクッてつなげて自分で高評価して。草しか生えない」 「最初の数話見てきた。あれは〇〇の丸パクリ。端末使ってランキング狙いに必死」 「あれだけ露骨ならすぐに運営から垢バンでしょ」 「まあ、本当に高校生かもしれないけど」 「自分擁護乙」  僕の心にグサグサと鋭い刃が。違う!僕はパクリなんて一切してないし、不正だって一度もしたことはない!ネット小説の世界での不正の仕方は知っている。でも、それは作品や読者に対して不誠実なことだ!僕の小説は僕が必死で考えて、一生懸命書いた証だ!作品を最後まで書ききることの大変さは書いた人間にしか分からない!違う!僕は冷静ではいられない。 「どうですか?もちろん僕にはこれを書いた人たちを『特定』することを余裕で出来ます。『脱がし屋』にボタンを押してもらいますか?」  僕は即答出来ない。本音は即答したかった。こんな根も葉もない悪意。こいつらに僕の何が分かると言うんだ。作品のレベルが低いだとか稚拙だとかは全然いい。しかしこれは作品への冒涜だ!こんな嘘つきな卑怯者は『晒して』しまえばいい!と、僕の中で圧倒的票数を確保している。それでもごく少数派である僕の中の違う考えがそれを止める。 「よくあることだろ?自分だけは特別扱いなのか?」と。  そんな僕を挑発するように『タカリ屋さん』は続ける。 「あ、この人たちは全員ネット小説投稿サイトで小説を書いてますね。そして全員、不正してます。これでも『脱がし屋』に動いてもらいませんか?」  今の僕は冷静ではない。これが『匿名』の『誹謗中傷』なのか。僕は確実にこのことを忘れることが出来ない、当分の間、どれだけの時間がかかるか分からないがずっとこの『悪意』のことばかり考えてしまうだろうと思った。許せない。許せない。絶対に許せない。でも僕には『タカリ屋さん』がいる。そう思う自分。もしこれを『タカリ屋さん』と知り合う前に見ていたら。僕はどうしただろう?筆を折ったかもしれない。確実に言えることは僕が好きである『書くこと』は中断すると思う。こんな誰が書いたかも分からない少しの言葉だけで。他の誰かは見ていないかもしれないくだらない書き込みだけで。僕のメンタルはズタズタに引き裂かれ、どす黒い感情とやり場のない消化しきれないモヤモヤに支配される。ネットの世界で誰かが誰かを言葉で攻撃し不毛なケンカをしていることはSNSの世界で幾度も見てきた。第三者として見ている分には何も感じなかった。あ、こっちの人が正しいかな?ぐらい思うことはあったけど目くそ鼻くそみたいなもんで。「そんなの面と向かって言えないんだし。実際にリアルで会うこともないんだから放置しておけばいいのに」といつも思っていた。それが当事者になって初めて分かること。こんなの受け流すのは無理だ。『タカリ屋さん』はどんどん火に油を注ぐ。
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