『脱がし屋さん』

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「僕の力が必要なのは『脱がし屋』の中の人である『タカリ屋さん』のお兄さんを止めることじゃあないのかな。『タカリ屋さん』も本当はそれをしたくないんだろう。だからそれを僕が『判断』して。出来る限りその背景を読み取って。そうじゃないのかな」 「僕のあだ名をつけてくれたのは『物書きさん』です。薫君。いや、『小春先生』風に言えば『癒し屋さん』になって欲しいんです。 「『癒し屋さん』?」 「そうです。『物書きさん』の言葉はとても優しいです。『物書きさん』の書く物語は優しい物語だと感じました。言葉で人を傷つけることは誰にでも出来ます。悲しませることも難しくないと思います。怒らせることも簡単です。笑わせることは難しいと思います。そして一番難しく、必要なことは『人を本当に癒せる言葉』、『優しい言葉』を使えることです。『物書きさん』は『癒し屋さん』になれると思ってます」 「僕にそんな力が。それは『タカリ屋さん』の過大評価だと思う」  本音だった。『物書きの端くれ』の僕が『物書き』でも難しい言葉を使いこなせるはずがない。自信がない。僕が稚拙で言葉を知らないのは僕自身一番知っている。 「いや、僕は嘘を言いません。『物書きの端くれさん』だからです。大人には無理です。上手な生き方や難しい計算も身に着けてしまっていますので。そして『物書きの端くれさん』はおもちゃを悪用するような子供でもありません。だから薫君を『癒し屋さん』に選んだんです」  『物書きの端くれ』であり、『物書き』になりたい僕が『癒し屋さん』だって?確かに僕の書く物語はハッピーエンドを心掛けている。けれど時に、場面によっては残酷な描写だってするし、残忍な描写もする。卑怯な描写もするし、ずるいキャラクターだって書く。 「『タカリ屋さん』は『物書き』の基本を知らないみたいだね」 「『物書き』の基本ですか?」  頭をボリボリかく『タカリ屋さん』。正解を知っているのがバレバレだ。構わず僕は言った。 「『物書き』は上手に嘘をつくのが基本だ。ありもしない世界や話を上手に読み手へ届けること。読者はその上手な嘘を真剣に時間を割いて受け取ってくれる。僕の優しい言葉だって全部上手につこうとした嘘なのが現実だ」 「僕の嘘に『物書きの端くれさん』は救われませんでしたか?」  僕は言葉を失った。『タカリ屋さん』が『物書き』になればきっと売れっ子になるだろう。悔しいけど。僕は上手に騙されたもん。 「嘘は下手な方がいいじゃないですか。僕は嘘を言いません。さっきのも嘘ではありません。『言葉』です。『物書きの端くれさん』の等身大の精一杯で誠実な『嘘』はきっと傷ついた人を癒し、傷つける人を止めたり、心から反省させ、犯してしまった過ちを償おうとさせると思っています。僕はそう信じています。薫君は健全な『すけべさん』でもありますしね」  僕はラインメモ帳にたくさんのことを書き込もうとした。『タカリ屋さん』が誰かに電話をする。 「あ、『母上殿』。薫君がお菓子が足りないと言ってます。追加をお願いしていいですか」  『タカリ屋さん』は嘘を言わないんじゃないのか?
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