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いろいろ聞きたいことがあった。それと同じぐらいドキドキも止まらない。うしろめたさのドキドキと、緊張のドキドキ。興味心、保身、平穏だとか。もちろん『物書きの端くれ』としての好奇心だって。そして少し落ち着いて考えれば『脱がし屋』が晒すようなことを僕はやっていない。僕のうしろめたさは誰もが持つ『正直』なうしろめたさだ。
「そんな『脱がし屋』の中の人を知っている人が僕なんかに何故?」
「それは君の力が必要だからです」
言葉の意味が分からない。日本どころか、世界にまで影響を与えるような存在である『脱がし屋』の中の人を知る人間が何故僕を必要とする?ビルの屋上。風が男の長髪をなびかせる。僕はさっきからすでに空っぽになった缶コーヒーを何度も口へ運ぶ。飲み口に微かに残るコーヒーの味を舌先で感じながら。それをしないと心が保てないのが自分で分かる。それでも『脱がし屋』の言葉を使うときは必ず口元を隠す。
「僕は『脱がし屋』が嫌いなんだ」
勇気を出した。倫理的に『脱がし屋』がしていることは『正義』だ。だけど十七歳の高校二年生で『物書きの端くれ』である僕の一つの信念がある。
『人が人を裁く権利なんかない』
その言葉を僕はそのまま口にした。
風になびく長髪が男の表情を隠そうとするが僕にはそう見えた。男は無表情で相変わらず眠そうな目をしているけれど「それは分かっているんだけど」と言うような感じに。僕にはこの男が、少なくとも『脱がし屋』ではないけれど、『脱がし屋』の中の人を知っている人間だけど、『脱がし屋』のしていることを百パーセント肯定しているわけではないように感じた。自己顕示欲だとか、正義漢きどりだとか、才能を持つもの独特の鼻につくようなのも感じない。
「困りましたね。それだと僕は『中の人』に怒られちゃいます」
全然困ってるように見えない。そしてもう一人の僕が期待している。「背中を押してほしい」と。男は続ける。
「僕が『中の人』に怒られるのは別にどうでもいいんです。ただ、同時に『中の人』はとても悲しむでしょう」
好奇心がどんどんもう一人の僕に投票する。素直になればいいと。
「いつもの僕なら断るところだけど、君は僕に『借り』があるよね。その『借り』を『返してもらう』意味で僕の力を貸そう。僕は『物書きの端くれ』だ。今後の創作活動のためにはいい経験になると思うから」
「本当ですか。ありがとうございます」
男の表情は変わらないけれど、僕には分かる。今日、三回目の笑顔だ。
「じゃあ、僕の力を貸す前に。君の名前を、って言ってもそれは無理だよね?」
「別に全然いいですよ。でも、それより僕は『あだ名』で呼んで欲しいなあ」
「『あだ名』?」
「薫君は『物書きの端くれ』です。そんな薫君に素敵な『あだ名』をつけて欲しいですね」
「いいよ。それぐらいならすぐにつけられる。君のあだ名は『タカリ屋』だ。そして僕なりにアレンジして『タカリ屋さん』だ」
今の僕は男に気後れしていない。『脱がし屋』の中の人を知るこの男と対等な関係を感じている。
「『タカリ屋さん』ですか。いいですね」
長髪をかき上げ、頭をぼりぼりかきながら男は無表情で言った。僕は自然と笑顔になっていた。
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