『ダウンタウン』に勝ちたくて

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「よーし。三人揃ったな。それじゃあ『バスガス爆発』のデビュー戦といこうか」  雄一がそう言って歩き始める。 「どこへ行くんや?舞台があるんか?ネタ合わせも何もしてないぞ」 「そんなもん必要ない。目的地は駅や」 「駅?路上ライブでもやるんか?こんな時間に人がおるんか?繁華街に行くんか?」 「ちょっと待ってよ。マジで?俺は『本木新名』のネタしか出来んで」 「行けば分かるから。行くで」  チャリンコを押しながら二人は雄一の後を追った。  駅前に到着するが人もまばら。客待ちのタクシーさえも止まっていない。 「ここでやるんか?」 「ちゃうで。チャリンコ置いて。電車乗るから切符買うで。ほら切符代」  二人に入場券の料金を手渡す雄一。 「繁華街まで出るんか?」 「ちゃうで。入場券でええから」 「入場券?」 「そう。ええから俺について来い!ドラクエの様に」  雄一に言われるがままに一番安い入場券を買って、ドラクエ3の仲間の様に雄一の後ろに一列に並んで三人で歩きながら改札の駅員の横を通り階段を昇りホームに出る。 「分からんなあ。今から何をするんや?」 「ライブや。客はたくさんおるで」  やがて電車が来てホームで停車する。雄一は電車に乗り込む。それに二人が続く。三人を乗せた電車は走り始める。 「ほら、ぎょうさんおるで。一両目からいくぞ」 「ここでやるんか?」 「あそこに座ってるサラリーマンおるやろ。まずはあの客からや。ついてきて」  雄一についていく二人。そして座っているサラリーマンの前に三人は立つ。座っていたサラリーマンが三人に気付き、チラッと視線を向け、そのまま視線を下に戻す。雄一が口を開く。 「あー、なんか暑いなあ。制服暑いわ。上だけ脱いでええ?」  そう言って雄一は学ランのボタンを上から順番に外し、そして素早く一気に学ランを脱いだ。すると上半身は裸に黒いブラジャーのみの姿に。座っていたサラリーマンがそれを見た瞬間思わず吹き出す。 「あ!下着間違えてた!」  サラリーマンが肩を震わせながら笑いを堪えている。  伸基とモッキーが全てを理解し、歯を食いしばって笑いを我慢している。このネタを車両を変えて何度も繰り返す。反則みたいな笑いだ。適当な駅で降りて折り返す。また同じネタを繰り返す。雄一のよく中学時代にやっていた一人電車ライブ。別に劇場や舞台に立たなくても客は腐るほどいる。どこにでもいる。また、不思議とその場限りでしか会わない人相手だからなのか、ボケることの恐怖は感じなかった。笑ってくれなくてもただの頭のおかしい人と思われるだけで済む。ここで笑いを取れなくても自分に言い訳や逃げ道はいくらでもあった。「別に笑いを取りにいってない」で済む。しかも今は伸基とモッキーがいる。二人の存在が逃げ道にもなる。  最初の駅に戻って来て電車を降りた雄一は二人にむかって言った。 「な、客はいくらでもおるやろ?」 「お前、これいつからやってんの?」 「中学ん時から。中学は電車通学やったし」 「お前、すごいなあ!」 「マジですごいわ。あんなやり方があるんやなあ」 「別に電車だけちゃうで。コンビニでもええし。デパートでもええし。場所も客も選ばなければ腐るほどあるから」 「明日は俺がやる!」  伸基が雄一にむかって強い口調で言った。伸基も客に飢えていたのだろう。翌日、野球部で坊主頭の伸基はかつらを用意してきた。ごく自然に見えるよくできたかつら。こんなものを持っているのかと雄一は驚いた。そして電車に乗り込み最初にOLっぽい女の人の前に三人は立った。そしてかつらをかぶった伸基がネタを振ってきた。 「んー。退屈やな。野球拳でもしょうか」  なるほど、そう思いながら雄一は答えた。 「ええなあ。やろか。やーきゅうーすーるなら、こーゆーぐあいにしやさんせ。あうと!せーふ!よよいのよい!」 「くっそー、負けたー!」 「よーし、脱いでもらおうか」  雄一の言葉に観念するように間を置いて伸基はかつらをとった。目の前のOLは吹き出した。このネタで伸基は客を吹き出させまくった。そして適当な駅で降りて折り返しの電車に乗る時に雄一は言った。 「なあ、野球拳、二回戦までやらせて。二回目は俺が負けるから」 「ん?なんかネタがあるんか?」 「ええから、ええから」  そう言って電車に三人は乗り込んだ。そこでも伸基のかつらネタはうけた。そして野球拳の二回戦目。じゃんけんに負けた雄一はいきなりズボンから脱ぎ始めた。 「いや、まだ上着も靴も残ってるし!いきなりズボンって!」  モッキーがツッコむ。客が必死に笑いを堪えている。そして最初の駅に戻ってきた。 「これ、最高やな!」  伸基が興奮して叫ぶ。よほど客に飢えていたのだろう。お笑いトリオ『バスガス爆発』はひっそりと電車の中で笑いを勝ち取りデビューを果たした。
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