『ダウンタウン』に勝ちたくて

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 日曜八時。雄一にとって、楽しみな時間であり、残酷な時間でもある。「元気が出るテレビ」を生で見て、「ごっつええ感じ」をビデオに録画して後から見る。「元気が出るテレビ」は伸基が録画してくれている。そして「ごっつええ感じ」を見て笑う。「絶対に笑わんぞ」そう意気込んで見るが悔しいほどに笑わされる。しかも爆笑。現実を突きつけられる時間。俺にこんなネタが書けるのか?絶対に書けない。それを雄一自身は毎週痛感させられる。ジャッジ公平、今田耕司が異才を放つ。板尾創路が圧倒的な存在感を見せつける。この人たちもハッキリ言って「ダウンタウン」だ。そのクオリティーの高すぎる一本一本のコントに爆笑し、同時に落ち込む。毎週毎週、見たこともないようなコントをきっちりと作って来る。しかもかつてない新しいものばかり。定番シリーズもとにかくオモロイ。 「しっつれいしました~。シングル」 「やんやややややや」  そして「ガキの使いやあらへんで」。  フリートークがガチでやばい。スーツを着た松本人志がとんでもないボケを毎週繰り出す。 「この人は二十四時間笑いのことを考えている」  雄一はそう思っていた。  そしてその松本人志の予想もつかないボケに的確なツッコミを入れる男。浜田雅功。どう考えたらあんな笑いが作れるのか。天才がものすごい努力を重ねて容赦なく新しいものを世に出していく。どれだけ堪えても爆笑してしまう。自分の笑いのハードルを容赦なく極限まで上げてもそれを簡単に飛び越えられる。それはもう暴力でしかない。毎週日曜の夜。雄一は必ず大爆笑と大きな敗北感を与えられ続けた。  ビートたけしとダウンタウンがガチでぶつかる日曜八時枠。お笑い好きは絶対にどちらかをビデオに録る。視聴率では測れない。ものすごい猛者たちが作り出した聖域の時間帯である。雄一は何度もビデオを巻き戻しては再生して見ることしか出来なかった。 「あー、オナニーで筋肉痛やわ。昨日のあれ見た?」  雄一たちは学校で集まったら最初に前日のお笑い番組の話をする。特に月曜日はダウンタウンの話になる。もちろん元気が出るテレビの話にもなる。 「めっちゃわろたわ」 「あのコントがなあ」  とにかく、「ごっつええ感じ」のコントの分析を必ずする。分析と言っても分析など実際には出来る訳がない。  あんな笑いがあったのか。  雄一が書くネタにはあんな強烈なものは一本もない。何一つ勝てない。雄一もシュールなネタは書いていた。しかし三人ともそれが面白いのか分からない。ただ、単純にダウンタウンっぽいとしか表現できない。 雄一の書いたネタに「遭難」と言うコントがある。  笑質…迷い込んだジャングルの奥地で原住民に出会う。ところが原住民がめちゃくちゃ日本通。  要点…原住民が日本語を喋るまでかなり引っ張ること。そういう空気を作らない。  台本 旅人A「うわー、遭難して三日目やぞ」 旅人B「もうそろそろやばいな」 (そういう会話を二、三回する。原住民登場。旅人AB驚く) 旅人A「げ、原住民や!」 (原住民、仏頂面) 旅人B「な、なんか伝えないとー!あ、あー、なんかギャグでも言ってみろ!」 旅人A「そんなん通用するわけないやろ!」 旅人B「い、いや、それしか考えつかん!とにかくなんか言え!」 旅人A「が、が、ガチョーン…」 (間を空ける) 原住民「それ、古いな。谷啓さんのやつやろ」 旅人AB「えーーーー!」 原住民「いやいや、他は?」 旅人AB「え、えーと」 旅人A「他の、他の、あ、いらっしゃーい!」 原住民「あれやろ。新婚さんのやつやろ?」 旅人AB「えーーーーー!」 (原住民、煙草を取り出して火を点ける) 旅人AB「えーーーーー!!」 原住民「あ、これ?ちょっと先に自販あるから。健康に気を使ってるから一ミリのやつやねん」 旅人AB「えええええええええ!」  単なるダウンタウンの真似ごとのようなレベルの低いネタである。 ダウンタウンを意識するとネタは書けなくなる。絵画や彫刻など芸術の世界でものすごく偉人として語られる人たちがいる。ヨハネス・フェルメールのような絵画でさえ、本物そっくりに模倣して作成することはその世界の人なら出来る。しかし本物は本人にしか描けないし、それに価値がある。ムンクの「叫び」など高校生にでも描けるだろう。しかしそういう偉人は基本的な絵もものすごくレベルの高いものを描ける。まさにダウンタウンがそれであった。ダウンタウンにドリフのような笑いをやれと言えば彼らはそれを普通にやれるだろう。普通の笑いをやっても頂点に立つだろう。それを踏まえたうえで自分たちの面白いと思う新しい笑いを作り上げる。あんなバケモノには今の自分ではどんなミラクルが起きようと絶対に勝てない。ダウンタウンが一割の力でやっても自分には勝てない。一パーセントの力でやってくれても勝てない。地を這う蟻んこの様なものだ。それでも雄一はネタを書き続けた。そして伸基がそれにドンドンダメ出しを出した。ネタを書いていれば分かるがそうポンポンと毎日浮かぶものではない。雄一のネタの作り方。とにかくいろんなものを観察する。まず予想を覆すことから始まる。エレベーターの前に立つと、「扉が開いたら階段やったらオモロイ」。野球をしている伸基を見ながら「一回の表ツーアウトからバッターが三振して守っている選手全員がマウンドに駆け寄り抱き合ったらオモロイ」 シュールな笑いを作るにはさらに観察が必要である。そして真剣さやリアルからシュールな笑いは生まれる。犯人を追い詰めた刑事が緊迫した場面で拳銃の代わりにハリセンを持っていたらそれはシュールな笑いになる。完璧なシュールではないがバカバカしさにシュールの要素も含まれた笑いである。いかついミュージシャンが黒い革ジャンを脱いだらドラえもんのシャツを着ていたらそれがシュールな笑いになる。突き詰めれば日常会話の言葉だけで笑ってしまう。雄一はとにかく伸基とぶつかり合った。モッキーにもぶつかった。昼休みの美術室、そして部活が終わってから三人が揃ってからの時間。本屋に行っては一冊の参考書を二冊のエロ本で隠してレジに持っていった。マックに行って「チーズバーガー、チーズ抜きで」と注文した。電車ライブではいきなりモッキーの手を掴み、強引に持ち上げ叫んだ。 「やめてください!なんですか!この手は!」 「コマネチ!コマネチ!貴花田!うーん、マタニティー」 高校二年の春。  『バスガス爆発』は結成二年目に突入した。
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