『ダウンタウン』に勝ちたくて

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 学校の体育館。雨の日の朝礼と変わらないぐらいの人の数。いや、壁にもたれかかった人間を含めるとそれ以上だ。  文化祭最終日。告知などしていない。ここにいる人間はみんな三人の少年たちを目的に集まった人たちだ。文化祭の期間中、このステージには演劇部の奴らや音楽好きのバンドマンたちが立った。しかし、ここまでの人間を集めたのは彼らが最初で最後だ。  トリオ漫才『バスガス爆発』を見る為に。 「おいおい、えらい集まったもんやなあ」  新名伸基が舞台袖のカーテンから客を見ながら呟いた。 「大丈夫。俺のネタは鉄板やから」  西山雄一がそれに応える。 「よっしゃ、アホになろう」  本木信二が自分の両頬にビンタを入れながら言う  三人とも足が少し震えている。しかし、顔にはずるそうな笑みが。極限の緊張からは笑みはこぼれない。 「えー、会場の皆さま、大変長らくお待たせしました。只今より、この文化祭では初となりますお笑いグループの登場となります。それではバスガス爆発のみなさん、よろしくお願いします」  文化祭を仕切る生徒会の人間のトリオ名だけゆっくりとした紹介に三人が颯爽と手を叩きながらステージ中央に駆け寄る。  大きな拍手、喝采、歓声。三人の少年たちが手にしたマイクを口に近づけた瞬間、それらの音は一斉に静まる。 「はい!どうも!バスバスばふばふ、バスガスばふはぶ、バスバブばぶはつ…」 「もうええわ!言えてないやないか!」  ツッコミの伸基が台本通りにかます。  何度も繰り返してきたお決まりの寒い掴み。それでもお客さんは笑ってくれる。会場の空気がこれから始まる三人への期待で笑いのハードルを思い切り下げてくれているから。そして雄一が書いた台本は徐々に会場の笑いを本物にしていく。  ショートコント五本。 「十回クイズ」 「早送り漫才」 「交通事故」 「ブラウンさん」 「城東のテルさん」  コント「ヤンキー入門」。 「ええか、ヤンキーってのはな」  伸基が語り始める。 「はい、はい」  信二が相槌を打つ。 「(太陽にほえろ!のテーマソングをブルース調に口ずさむ)チャラチャーン、チャチャチャチャーン、チャーラチャンー…、(突然大声で踊りながら)チャララチャラーチャラーチャラチャーン!」  雄一の会心のボケに伸基の右手が飛ぶ。 「いやいや!曲調変えるのやめて!」  絶妙なツッコミに会場中が爆笑する。その空気に上手く乗るようにマイクを持たない左手を巧みに操りながら伸基が続ける。 「ほんまにええとこやから。ちゃんとして!ちゃんと!」 「はい、すいません。すいません」  伸基に謝りながら雄一の心は火照っていた。  体育館にいる人間が、大人も、同級生たちも、教師たちも、全員が自分の計算された台本で笑っている。俺たちの作る「笑い」は、日本中の誰であろうと笑わせる。  九十四年。雄一、十八歳。その青春を笑いに捧げた。
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