『パズルボーイ』

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「面接の方が来られました」 ドアの向こうから原の声がした。 「どうぞ」  ドアが開き、原と若い真面目そうな女が入ってくる。ご丁寧に履歴書まで持参している。こんな女は珍しい。原を業務に戻しベッドに腰掛け面接を始める。 「そんなにたいしたもんじゃないから緊張しないでね。えーと恵子ちゃんね。こういうお店は初めてかな」  健太は手渡された履歴書に興味深く目を通しながら訪ねた。 「あ、はい。初めてです。経験がないと駄目ですか」 「いやいや、全然大丈夫だよ。えーと、恵子ちゃんは大学生なんだ。時間とか大丈夫」 「あ、はい。大丈夫です」 若い女の店は未経験者がよく面接に来る。 「大学生だったら学費とか大変だもんね。お金とか大丈夫?ご飯ちゃんと食べてる?」 「あ、はい」 彼女が自分で学費を払っているかは知らないがこの場合そう言ったほうが彼女の気も楽になる。とにかくどんどん彼女の罪悪感の逃げ道を作ってやるのが定石だった。 「何か聞きたいこととかあるかな」 「は、はい。あの、お店のサービスはどういうことをするんですか?広告に書いてあったことは本当ですか?」  ここからが勝負だ。 『広告に書いてあったこと』  脱がない。舐めない。触らせない。  この言葉を使うと本当に女は集まる。魔法の言葉だ。実際には脱ぐ、舐める、触らせる。 「ああ、本当だよ。あ、そうそう。履歴書をせっかく持ってきてもらって悪いんだけど、お店用の履歴書があるからこれに書いてもらっていいかな。あと身分証だけ確認させてもらえる?」 そう言って健太はお店用の履歴書用紙とボールペンを差し出す。 指名、住所、年齢、生年月日、スリーサイズ、経験、希望出勤日時に時間など。喫煙者か、入れ墨があるか、細かく書かせる。身分証は年齢確認のため。十八歳未満を働かせればとんでもないことになる。 「はい。分かりました」 恵子が免許証を取り出し、履歴書にペンを走らせる。 「あのお…、スリーサイズは正確には分からないんですが…」 「ああ、いいよ。分からないところは書かなくて。書けるところだけ書いてくれれば。あ、あそこに住んでるんだ。あそこに美味しい焼き肉屋さんあるよね。昔よく行ったなあ」 とにかく他愛もない話をして女と親しくなる。とにかく女との距離を縮める。女もそうするとこちらに対して警戒心をといてくる。 「広告の内容ね。脱がない、舐めない、触らせないね。うん、そういうコースもあるよ。でもね、それだとお給料は一本あたり二千円なの」  女はだいたいここで必ず言う。 「ええ~」  経験者なら「あ、やっぱり」と言う反応をする女もいるが未経験者も含めほとんどの女が同じ反応をする。ここからが本当の勝負だ。もちろんその時点で「話が違う」と帰る女もいる。その場合は無理に引き留めるようなことはしない。ただ、そこでまだ話の余地がある場合、時間はいくらでも使う。とにかく話し込む。 「それ以外にヘルスコースがあってね。それだとお給料は一気に五倍になるから。まあ、プレイ内容はさほど変わらないし。あ、恵子ちゃんは大学三年生なんだ。これから就職活動とか大変だよね。本当にえらいなあ」  恵子の顔が不安な表情になる。 「恵子ちゃんはこういうお仕事で働く決心をして応募してきたんだよね。確かに脱がない、舐めない、触らせないコースで頑張っても稼げないんだよね。でもさ、ちょっとだけ頑張ってみればそれだけで全然お給料が変わってくるんだよ。それにさ、ヘルスコースにしてもうちの店は他のお店に比べても全然ソフトサービスだしさ。中にはひどいお店もいっぱいあるからね。本当に無茶なサービスを強要させて安い給料で働かせるお店って本当に多いからね。あ、恵子ちゃんって出身あそこなんだ。いいよね。あそこは確か有名な芸能人も同じ出身だよね。えーと、誰だったっけ」 とにかく、雑談を会話に入れること。人間はそういうのに本当弱い。もちろんヘルスコースなど嘘。客は変態ばかりだし、パンナコッタは本番以外、何でもありを謳ったお店である。とにかく未経験者には上手く言って何とか入店させることが先決だった。一度やってしまえばもう二度目も三度目も同じでどんな女も慣れてしまう。 「まあ、面接の時にみんな同じ反応をするし、みんな恵子ちゃんと同じことを心配するんだよねえ。けれどね、全員の女の子が初日は緊張してるけど二日目には『店長、お客さんまだですか』って言ってくるんだよね。本当、最初の一回目だけ。それをクリアしちゃうともうみんな『あれ、意外と思ってたより全然簡単』って言うんだよね」  恵子が口を開く。 「あのお、ヘルスコースだとお給料はどのくらいなんですか?」 健太はその質問を聞いて心の中でニヤリと笑う。お金のことを聞いてくればもう入店は確定と言っていい。 「給料はね、サービス時間で決まってね、三十分五千円、四十五分七千五百円、六十分で一万円。あとこれに本指名、つまり一度君と遊んだお客さんがもう一度君と遊びたいと予約されれば本指名料二千円が追加されるからね。うちはお茶を引くことは、あ、お客さんがつかないことね。お茶を引くって言うんだけど、それはないから。方番で、つまり営業時間の半分で大体みんな五万は固いかな」 これも嘘。よっぽどの売れっ子で指名をバンバン取る娘以外は三万稼げない。 「…あと、私は昼間大学に通っているんですけど知り合いにバレたりしないですか?」  女からの質問。いいねえと健太は心でさらににやける。 「その点も大丈夫。お店の出入り口はお客さんとは違うところを使っているし、雑誌とかに写真を無断で載せたりなんて絶対しないし、受付でお客さんの顔を確認も出来るから。アリバイ会社もちゃんとあるしね。恵子ちゃんは架空の会社でアルバイトしていることになるから。もし、恵子ちゃん宛に電話がかかって来てもちゃんと『ただいま席を外していますので折り返し連絡させます』と対応するからね。いままで同じようなことを心配してた娘もいたけどバレた娘は一人もいないから」 「そうなんですか…」 恵子の緊張がどんどんなくなっていくのが分かる。 「あとこれだけは大事なことだから言っときたいんだけどね」  恵子の顔が引き締まる。 「やっぱりこの業界は普通の業界と違うから、女の子には目的意識をしっかり持って欲しいんだ。お金も信じられないくらい稼げるし、仕事自体もすごい楽だからね。だから女の子は悪い意味でこの仕事に慣れちゃうんだ。だけど僕は恵子ちゃん、他の子もそうだけどね、なるべくならそうなって欲しくないんだ。恵子ちゃんも目的を持ってうちに来てくれたと思うんだ。それならそれでその目標を見失わないでその目標に手が届いたらすっぱり仕事を辞めるくらいの覚悟でやって欲しい。この業界にはダラダラいないこと。まあ、店長の立場で言えば恵子ちゃんみたいなかわいい娘はいつまでもいて欲しいんだけどね。でもこの仕事は君の夢へのステップだからさ。ね、言いたいこと分かるよね」 「はい。分かります」 恵子の顔が希望に満ち溢れていく。 もちろん健太はそんなことはこれっぽっちも考えていない。ようは女を正当化してやることが大事だった。風俗で働く女は皆同じ。金で初対面のどんな男のちんぽでもしゃぶる。健太はそう考えていたが別にそれはそれで彼女たちのすることを悪いこととは思わなかった。ただ一つの職業として風俗嬢という職業があって、それぞれが自分で判断してその職業を選んだだけだと。もちろん世間的な視点で見ると自分や彼女たちの職業が見下される存在であることも分かっていたが、そんなことはどうでもいい。しょせん『おまんこ商売』だ。自分もそれで飯を食っている。最低の風俗野郎だ。 それでも彼女たち自身には様々な葛藤があり、それらを上手く消化できない女たちもたくさんいた。だからそういう女たちの背中を上手く押してやることも健太の大事な仕事の一つだった。この仕事はどんな女でもすぐに慣れてしまう。初めての接客をして涙を流す女もすぐにそんな感情をなくしてしまう。 「じゃあうちで頑張ってみるかい」 健太は確信を持って訊いた。 「はい。よろしくお願いします」 「じゃあ最初は講習を受けてもらうからね。今日はまだ時間は大丈夫かい」 「あ、大丈夫ですけど…」  講習。新人の女の子に接客の仕方を覚えてもらうこと。ようは店員を客と見立てて一通りのサービスを実践してもらうことである。実際のプレイをしながら一連の流れを一つ一つ教えていく。業界では「本番講習」や「抜き講習」つまり、講習で射精する奴も本番する奴もいるとよく聞く。しかし健太はそれをしない。それをすると女の信頼を大きく失う。前の店長はそういうことをしていた。女からそのことについてかなりの愚痴や不満も聞いてきた。講習がトラウマになってしまう女も普通にいる。   こういう未経験の女は面接の日にそのまま講習、初接客をさせることが一番大事だった。面接から時間を置いて心変わりしてしまうことは本当に多い。初接客も遊ぶ人間は決まっていた。パンナコッタの系列店の従業員を誰かしら呼び遊ばせる。最初の一回を乗り越えればもう簡単に慣れてしまうのだ。 「一応僕がお客さんの役をする訳だけど仕事だから真剣にやってね。分かんないことがあったら何でも聞いてね。じゃあとりあえず服を脱いでくれる。僕も脱ぐからね」 動き始めれば女は断れない。恵子は最初戸惑ったがすぐに健太の指示に従った。健太はそのまま受付の原に内線を入れ、これから講習に入るからと告げた。 「最初はね」  恵子もまた慣れていくのである。健太には分かっていた。
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