雪雲エレジー

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主人がいなくなった部屋は、雑誌やCDや、くだらないガラクタが乱雑に置かれていて、あれほど輝いていたギターはすっかり存在感を無くしていた。 「(そう)くん、お兄ちゃんのあれ……よろしくね」 兄の部屋を覗いていた僕の背後で、母が無感情な声で告げる。兄が入院して三週間。母は笑うことが殆ど無くなってしまった。 ずっと毛嫌いしていた筈の、ギターの音を思い出しては、肩を震わせ毎夜涙を流すほどに。母の中で兄の存在は、僕が思っていた以上に大きかったのだ。 「はい」 兄の部屋に足を踏み入れる。好き放題したツケが回って来たのだと僕は思っていた。こんなに呆気なく全部を失ってしまうのなら、もう少しマシな生き方をすれば良かったのに。 適当に友達と付き合って、程々に勉強をして、暇つぶし程度に音楽をしていれば。 ライブ帰りの夜道に雪で滑って、階段から転落して重度の昏睡状態になるとか。そんなダサい結末を迎えなくても済んだはずだ。 足裏にへばりついた、ピアノの五線譜とは異なる譜面を手に取る。数字の書かれたそれは、何の意味もない。何の価値もない。 ただ無駄な時間を兄に使わせて、兄の人生を奪った呪いの符号だ。 「ばっかみたい」 僕はその楽譜を真っ二つに破り捨てた。
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