雪雲エレジー

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「あれー? 砂川(すながわ)じゃん……て、お前、それどしたの?」 駐輪場の隅っこに、いそいそと自転車を停めていたら、背負っていたギグバッグをトンと小突かれた。 1番会いたくない奴に出くわした。 同じ一年で、軽音学部の光吉(みつよし)だ。 「棄てるの勿体無いから、寄付」 「はぁ? 寄付ってどこに?」 「軽音学部」 「お前神じゃん。え、これどこのやつ?」 奇抜な緑色の髪。 美的センスも、知能も、疑いたくなる〝天才〟と書かれたTシャツが着崩した学ランの下に見えた。 「知らない。僕のじゃないから」 「砂川のじゃないなら、誰んだよ?」 「兄さん」 「え、お前兄貴いんの?」 「……軽音学部の、部長」 「はあぁっ? マジで!? 砂川部長の弟って、お前なの? 全然似てないから同姓の別人だと思ってたじゃん!」 「そりゃどうも」 全く生産性の無い会話を、どうしてよりにもよって光吉と交わさなきゃならないんだろう。 「どうもじゃねえーよ! 部長のギター寄付ってどういうことだよっ!」 無視して校舎に向かおうとする俺の前に回り込んで、無意味な質問を投げる光吉。 「もう弾けないから」 「は?」 「もう、目覚めないんだってさ」 「うそ……だろ……」 そもそも今日は誰にも会わないよう、こうしてわざわざ1時間早く学校に来たというのに。 こっそり兄のギターを軽音学部の顧問にでも託して、僕は退屈で死にそうな日常に戻れれば、それでいいのに。
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