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いつだったっけ。
僕がピアノの練習を終えて、部屋で宿題をしてると、隣の兄の部屋からいつもより激しいギターの音が聴こえてきて、今夜は母さんが家にいないから思う存分弾けるのか、と。
そう思ったら、つい、好奇心で部屋を覗きに行った。だって、すごく楽しそうな音だったのだ。
僕が弾くピアノの音なんかより何倍も。音が粒になって、まるで会話しているように聴こえた。
『よく飽きないね』
『俺、ギターが好きだからさ』
『ギターって、楽しい?』
『最高に楽しい』
『ピアノよりも?』
『比べ物にならんね』
『ふーん』
『蒼、ちょっと弾いてみる?』
『……うん』
母はクラシックを好む人で、ピアノは脳のトレーニングにも良いからと、兄と一緒に5歳の時から近所のピアノ教室に通っていた。
飽き性の兄は始めて二年で辞めてしまったけど、僕は辞める理由が特になかったし、母が喜ぶから何となく続けていた。
だけど、何かが……物足りなくて。
ピアノを弾くことが、惰性でしかなくなっているのも分かっていた。
『金属の棒があるだろ? これがフレット。こっちから1フレット、2フレットって数える。弦は上の太いのから6弦、5弦……んで、ドレミのドが、ここ。5弦3フレット。中指でこの辺押してみ。そのまま5弦を鳴らして』
『こう?』
『おお! 蒼、上手いじゃん』
別に、ギターが好きなわけじゃなかった。
ただこうして、母がいない時に、母に内緒でこっそり兄に教わるギターの時間は、退屈な僕の日常にほんの細やかな刺激をくれるものだった。
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