人魚姫の恋人

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「あんたってさぁ、ホントにお人好しだよね」  対面の席に座っている綾香が、口を開いた。 「ああ、うん。そうだね」  私は日替わり定食の焼き魚に視線を落として答えた。話さなきゃよかったと後悔したが、すでに遅い。  ここは、お昼を過ぎた大学の食堂。直射日光が差し込む窓際の席は人気がないのか、比較的空いていた。小さなテーブルを挟んで椅子が二脚ある席に座り、一人で日替わり定食を食べていると、トレーを持った綾香が「ここ空いているんでしょ」と私の返答も聞かずに、向かいに座った。  綾香とは高校時代からの付き合いだ。彼女は初対面の時から、はっきりとモノを言う性格だった。最初はかなり面食らったが、特に悪意はなく、どうやら思った事は何でも口に出すタイプのようだった。  人見知りの私は、新しい友達を作るのが苦手だった。大学に入っても、なかなか新しい友達ができない。一方の綾香は、大学に入ってすぐに友人を何人か作ったようだった。  色とりどりのネイルに塗られた指先で箸を持ったまま、綾香は話を続ける。 「それってさぁ、何だっけ、昔話に出てくる。あれみたい。せっかく助けたのに、他の女に取られたっていう」 「人魚姫」  私は答えた。    人魚姫は幼い頃から一番好きな物語だ。一目ぼれした王子を助けた人魚姫は、人間として彼に会いたいと願い、魔女から声の代わりに足を手に入れた。ある日、人魚姫は海でおぼれた王子を助ける。けれども王子は、助けたのが人魚姫だとも気が付かず、別の女性と結婚し、人魚姫は王子と結ばれず泡になってしまう話。 「なんで人に貸すかな。大事なレポートを。丸写しされて提出されて、挙句の果てに教授に褒められたって。お人好しもいいところだよ」  綾香の口調は怒っているというよりも、呆れていた。 「彼女、本当に困っていたみたいだったから」 「その子とそんなに仲良くないんでしょ? あんた舐められてるんだよ。一言くらい文句を言ってやった?」  「もういいんだ。レポートなんてまた書きなおせばいいし。提出期限はぎりぎりあるし」 「私なら、まず貸さないけどね。そんなことされたら絶対に許さない」 「みんなが綾香みたいに、はっきりと言えるわけじゃないんだよ」  同じ授業を受けている女子に、休んだところがあるので課題のレポートを見せてくれと言われたのが、数日前のこと。信じられないことに、彼女は私が書いたレポートをそっくり写して、課題として私よりも先に提出していた。  そして先程、『とても良いレポートだ』とみんなの前で教授に褒められたのだ。 「あんたって昔から損な役回りばっかじゃん」  レポートの話を誰かに聞いてもらいたくて、綾香に愚痴った。話した後に気がついた。ああ、また、あの話を蒸し返すはずだ。  綾香が言っている『昔から』とは高校の時の話だ。あの時、あとになって私の気持ちを知った彼女は、いつもこの話を蒸し返す。
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