人魚姫の恋人

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「あの時、『助けたのは私よ』って言ったら人生変わったかもしれないのに。あの傷だって証拠になったんだし。ほんと、あんたってお人好しだよ」  いつまでも昔の事を掘り返されるのが癪に触って、私はコップの水を飲み干して口を開いた。 「綾香はかぐや姫みたいだよね。男の人に無理難題を出して、結局は月に帰るっていう」 「ああ、あれね。でもさ、男たちが持って来た物って、全部偽物だったわけでしょ」  所詮、そんな男はごめんとばかりに綾香は顔を顰める。 「まぁ、そうだけど。もしも本物だったら、かぐや姫は月に帰らずに結婚していたのかなぁ」  素朴な疑問を口に出してみる。 「まぁ、あたしなら本物を持って月に帰るわ」  綾香らしい答えだった。 「で、どうなの? 気になる彼とは」  綾香はにやにやしながら、箸を私に向ける。『気になる彼』と言うのは大学で時々見かける人で、名前は設楽(したら)さん。 「なかなかきっかけが掴めなくて。見かけたら挨拶くらいはかわすけどね」  曖昧な笑顔を浮かべて答えた。  設楽さんとは大学の講義中、消しゴムの貸し借りをしたのがきっかけで時々言葉を交わすようになった。笑顔が素敵で、落ち着いた感じの優しい人だ。  でも、もう私の大学生活が薔薇色になるとは思わなかった。 「設楽さん、なぜか休みがちで、あまり見かけないんだ。だから、会って一言でも話せれば満足かな」  自嘲気味に言った。多くは望まず、その日、挨拶ができただけでも満足だといつも自分に言い聞かせている。 「あのさぁ、そんなこと言ってたら一生彼氏なんて出来ないよ。せめて白雪姫みたいに……ああ、無理か、七人の小人の助けがいるし。親指姫も無理、ツバメがいないから……シンデレラだって魔女がいないと変われないしなぁ」  人魚姫の事は『何だっけ』って言っていたわりに、白雪姫とか良く知っているじゃない。と私は思ったがあえて言わなかった。 「やっぱりさ、物語の姫は美人が大前提だし、美人だからこそ動いてくれる助けが存在するからね。あんたは地味だし、自力で頑張るしかないよ」  綾香はきっぱりと言った。きっぱりと言われすぎて返す言葉もなかった。
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