人魚姫の恋人

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 私は綾香の言葉が悔しくて『自力』で設楽さんに近づくことにした。講義の時に彼を見つけると隣に座って、積極的に話しかけた。  その甲斐があって、何度か会話するうちに電話番号を交換できることになった。とはいっても、まだ苗字しか知らない。彼はSNSをやっていないのだと言う。お互いメアドと電話番号を交換して、時々やり取りをする仲になった。  やり取りの内容は季節の挨拶や、当たり障りのない話だったが、私にとっては新鮮だった。    それでも不安な事はあった。  設楽さんは同じ学部の学生なのに、なぜか講義で会えないことが多かった。彼はアルバイトが忙しいのか、講義を休むことがしばしばあったのだ。  こちらから、さりげなく疑問点を聞いてはみるが、彼の返事はいつも曖昧だった。どんなアルバイトをして、どの講義に出席するのかさえ、教えてはくれなかった。それでも、大学の構内でばったり会ったりすると、彼の方から笑顔で話しかけてきてくれた。  彼と話をするのは楽しかった。もしかしたら彼女がいるかもしれないと思いつつも、怖くて聞けなかった。この関係が壊れるのが怖くて、多くを望んじゃいけないと、自分に言い聞かせていた。  夏休みが始まる数日前、設楽さんからメールが入った。 『良ければ次の日曜、海に行きませんか』  海。嫌でも思い出すあの夏の苦い思い出。彼の提案で、待ち合わせは私の家の近くにした。車を持っているので迎えに来てくれるのだと言う。  約束の日曜日、設楽さんが乗って来た車は高級外車だった。大学生でこんな車に乗る人はまずいない。車を持っている方が珍しいくらいだ。実家がお金持ちなのだろうか。聞いてみたいけれど、やっぱり怖くて聞けない。実家がお金持ちで釣り合わないと言われるのが怖い。だいたいなぜ海なんだろう。どうして私を誘ったんだろう。  設楽さんが連れてきてくれたのは、あの海だった。思い出したくもない。高校一年生の夏、私の青春が終わったあの海。
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