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満開の桜の樹の下、俺と清水は黙って下をうつむいたまま。
この前の別れからの気まずさで、俺は卒業証書の筒を何度も指で撫でることしか出来ない。
時おり流れる春の温かな風に舞う桜の花弁が自分の肩に降り積もるくらいの時間が経過したころ、清水から口を開いた。
「久瀬と離れるのが悲しかった」
「え……」
「だって、いつも傍にいてくれたでしょ? 私、気味が悪かったと思う。自分でも直せたらって、でもこれが私だから。私が私を否定しちゃダメだって意固地になって自分を貫き通した」
……結果は残酷だったけど。
清水は少し眉尻を下げて困ったように笑った。
確かに、彼女は無表情だけど、滅多に笑ったり泣いたりしないけれど、無感情なわけじゃない。
クラスの連中はそんな彼女にシートを嫌悪という刃にして清水の心に傷をつけた。小学生の少女の繊細な心を理解しようともせず。
俺はそんな孤高で自分を貫き通す女の子の味方でいたかった。
それは今も、卒業したその先もずっと変わらない。
「お前は頑固なんだよ」
俺は清水との最後のやり取りになるだろうノートを手渡した。清水も最後ということがわかっているのか、今まで以上に大事にノートのページを開いた。
「…………! これ」
ノートには見開きであの時のステキ発見のシートが貼られていた。
一枚一枚、彼女への悪口はマジックで良いところに上書きされている。
「根暗」
『物静かで品がある』
「無表情で不気味」
『笑うと可愛い』
「ひとりぼっち」
『俺がいる!!』
「……卑怯よ」
清水はノートを開いたまま震える声で抗議する。
「言っただろ。どんな手を使ってでも泣かせてやるって」
「だいたい、小説になってないじゃない」
「あれー? 桜子先生が言ったんですよぉ『どんなものでも文字が書かれたら作品だ』って」
「そんな戯れ言、よく覚えてたわね」
「お前といた時間は有意義だった証拠だな。頭が良くなった」
それは気のせいでしょ、とノートから顔をあげた清水の瞳から一筋の雫がこぼれ落ちた。
キラキラと涙で潤む瞳はこの世界を美しいものと映し、希望を含む強い輝きだ。
「俺の勝ちだな。桜子先生」
未来の小説家の少女は花が綻ぶように笑った。
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