<最終話・壺鬼>

5/5
前へ
/147ページ
次へ
 身内や自分が死ななかった者にとっては、“信じられない不思議な事件”でしかなく、同時に“自分とは無関係の娯楽”でしかないのだ。――そう。  壷鬼の事件がけして、終わっていないなどとは露ほども思わずに。 ――あの事件の後。警察と救急が駆けつけた時にはもう、壷鬼が宿る壷は影も形もなくなっていた。誰かが持ち去ったか、あるいは壷鬼そのものが力を蓄えて消えたか。  家族三人全員に“名前”がつき、融合し、破断の儀式を得て本物の“邪神”と進化を遂げてしまった存在。このまま放置しておいていいはずがなかった。薫の説得に応じなかった彼らは、もはや言葉で浄化できるような存在ではない。早く居場所を突き止め、力技で封印しなければ――悲劇はきっと、繰り返される。生贄は捧げられ続ける。薫の死は、完全に無駄死にとなってしまうだろう。 ――俺が知らないところで、次の“破断”はまた始まっているかもしれない。遺体が発見されなければ、その呪いの始まりを誰も知ることができなかった……木松井村のように。  スマートフォンが震えた。焔は届いたメールを見て、目を細める。大学を卒業した後、焔は大学院や多くの研究室からの誘いを完全に蹴ってある仕事を始めていた。つまり、自分の霊能力を生かした一種“探偵”に近い自営業である。  依頼をこなし、情報を集め続けなければならない。後輩のために駆けずり回った妹の仇は必ず取る。あの壷鬼には、必ず相応の報いを受けさせなければ気がすまない。 ――勝負だ、壷鬼。お前が世界を滅ぼすのが早いか……俺がお前を滅する方法を見つけるのが早いか。  壷鬼と思しき壷が、ネットオークションに出品されている。眉唾な話であったが、実際送られてきたアドレスを自分は“見る”ことができなかった。ならばほぼ確定と思っていいだろう。  必ず見つけ出さなければならない。この命に、代えることとなったとしても。 ――悪いな、薫。……俺はお前を忘れて、普通の人間として生きるなんてやはり無理そうだ。  信号が変わるメロディーが聞こえる。スクランブル交差点で、一気に動き始める人波。焔は立ち上がり、自らもその波に混ざって歩き始めた。情報元にあった“住所”へと向かうために。 ――天国から見ていてくれ。……俺はきっと、そこには行けないだろうから。  終焉へのカウントダウンは、今も人知れず刻まれ続けている。  名も無き多くの人々は、今日もそれに――気づかない。
/147ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加