<第一話・怪死>

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<第一話・怪死>

坂口(さかぐち)さーん!いらっしゃいませんか、坂口さーん!」  市役所職員である松田雄一郎(まつだゆういちろう)は声を張り上げた。しかし、待てどくらせど屋敷の中から応答はない。聞こえるのはただただ風の音と、どこかでブンブンと自由気ままに飛び回っている蠅の羽音だけだ。  いくら仕事とはいえ、此処に長くはいたくない。松田は大仰にため息をついた。元々は木造一戸建てであったのだろう家の窓の前には、大量のゴミ袋が積み上がっている状態だ。中には破れて、溢れ出した弁当の空箱などに蟻が這っている状態である。不潔極まりない。こんなところに近づいて自分達が病気になったら誰が責任を取ってくれるのか、と思う。  いくら、敷地をはみ出して道路までゴミが侵食し、行政大執行間近の有様とはいえ――正直、この中に入って無事で済む保証はなかった。頼むから、家人に家に出てきてほしい。松田は再度叫ぶ、先ほどより切実な気持ちで。 「坂口さーん!市役所の職員の者でーす!いらっしゃいませんか、大事なお話がありますー!このままだと、行政大執行で大事なものまで片付けられちゃうかもしれないですよ、いいんですかー!?」  松田も、正直なところこのゴミの中にさほど重要なものが埋まっているなどとは思っていない。自分の目には、ゴミはゴミとしか映らないからだ。あのひび割れて汚れたお皿の大群など、何故ゴミ袋にも入らず積み上がっているのかさっぱりわからない。窓から中を覗くのは不可能だった。というか、ガラス越しに見える景色が幻覚でないのなら、窓を開いたら最後それらが土砂のごとく崩れてくるのは目に見えているというものである。よくぞあれで割れずに済んでいるものだ。  といっても、自分達にはゴミにしか見えないものを、後生大事に取っている人間というのも中にはいるわけで。それこそ自分達にはわからない価値を見出していたり、はたまた自分達には見えないものが見えているケースもあるのだ。そういう人物から同意を得ずにゴミを片付けるような真似などしたら、法律だとかそういうものを抜きにしてもトラブルになるのは目に見えている。できれば、本人にしっかり確認してもらった上で対処したいのだ、役所としては。  ただ。道路を埋め尽くしかねず、不衛生ゆえ近隣住人の健康を害しかねない今の状況を考えるなら――そんな悠長なことも言ってはいられないわけで。
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