<第二十六話・巻添>

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 助手席でメールを打ちながら、イライラと吐き捨てる浅岡。武藤が語った言葉は全て隣で浅岡も聞いている。実際に呪われたであろう身としては、言いたいことが山ほどあるのだろう。 「誰だって、自分ひとりだけ不幸になったなんて思いたくないもの。非常に珍しい病気。珍しい事故。珍しい事件……そういうものに遭遇して、恐ろしい目や痛い目に遭って。悪いことをした認識がない人間ほど思うものだわ、どうして自分が?って。なんでよりにもよって自分なの、って。そのとんでもなく少ないはずの確率を、なんで他の誰かがじゃなくて自分が引き当ててしまったの……別の誰かでも良かったじゃない、って。そう思うのが人間って生き物よ。それはわかるわよ。でも……!」  それは、武藤に対して言ったわけではなく。ほとんど自分自身に言い聞かせる言葉でもあったのだろう。  多分、それらは彼女自身が思ってしまっていたことであるだろうから。  どうして自分が。よりにもよって自分が。他のみんなも同じ思いをすればいいのに――と。そう思ってしまうのは、人間ならばなんらおかしなことではあるまい。でも。 「それでも。……自分が不幸だからって、無関係の誰かのことを不幸にしていい理由なんかありません」  きっぱりと言い切ったのは、薫だ。 「復讐するのもきっと権利でしょう。復讐したいと思うことは罪なんかじゃないんでしょう。でも、彼女を殺した者達の多くは既にこの世を去っていたはず。村人の多くは当時生きていたわけでもない、無関係な子孫だったはずです。村の外の人に至っては、そんな悲劇があったことさえもはや知らないはず。彼女がやっているのは復讐じゃない。ただの八つ当たりじゃないですか」 「八つ当たり、だな。確かに。そうしなければ耐えられないほど、人間ってのは弱い生き物だってことだ。……未だに彼女は、死んでなおその愚かさから逃れられていないのかもしれんなあ」  亜希子の境遇には同情するべき点もある。こんなことを言ってはなんだが、いくら掟を破ったからといってその恋人と妊婦を生きたままひき肉にするなど、鬼畜の所業としか言い様がない。当時の村の有力者達は、呪い殺されてもなんら文句は言えなかっただろう。  だが。  その子孫や、村の者達に――己が受けた痛みの責任を取らせようというのなら、筋違いもいいところだ。
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