<第二十六話・巻添>

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「ただ……壷鬼には、ただ恐怖で支配する以外の一面もあったらしい。壷鬼に生贄を捧げて満足させると、その年の作物は豊作になり村の財政が潤うというジンクスがあった。そう考えると壷鬼にもまた、座敷童子や蠱毒と同じ力があったのかもしれんな。神様として祀られることで、ただの怨霊以外のものに転じつつあった可能性もある。いずれにせよ、邪神には違いないが」  だが、そんなアメとムチも、長くは続かなかったというわけだ。  壷鬼の壷を、直接見ることが許されていたのは鬼殿の人間のみ。同時にその手入れや観察を任されていたのは現村長のみだ。壷鬼が生贄を欲しがると、その壷はまるで人間のようにガタガタと鳴動するのだという。そして、壷を置いた棚の後ろの壁。予め用意されている白い掛け軸に、村の住人の名前が浮かび上がる仕組みになっているらしい。一番最初にその名前を見るのは、当然村長である鬼殿完三郎となる。  そう、彼は去年の夏――見てしまったのだ。そこに、よりにもよって自分の名前が浮かび上がるのを。 「鬼殿完三郎は、けして人の上に立てるような器ではなかったんだ。村長は壷鬼がもたらす莫大な富と、先祖が残した財産を独占することができる。その財産欲しさに、上の兄弟二人を毒殺したなんて噂が立つような強欲な人物でな。金と保身のことしか考えないような人間だった。そんな奴が、おとなしく自分が生贄になる運命を受け入れると思うか?」  彼は絶望し、考えた。どうすれば、生贄の任を免れることができるだろうか――と。  彼はあっさりと掟を破った。  生贄を、他の人間に押し付け、その上で呪いの分散化を図ったのだ。  彼は、壷鬼は鬼殿の血を要求しているものと判断した。ゆえに、“鬼殿の血族の中から生贄を出せば代用になるはずだ”と考えたのである。その上でいつもよりも多くの生贄を捧げれば、きっと壷鬼も満足して破断を起こすようなことはしないだろうという魂胆であったらしい。  加えて、呪いの分散化を図ることとした。過去に起きた破断で、犠牲になった者達に法則があることに気づいていたのである。過去の破断では、亜希子達を壷に詰めた実行犯達から犠牲になっていった。それ以外に死んだ者達も、皆が“死肉か、それを詰めた壷を見た者”であったのである。鬼殿の家が壷鬼が宿った壷を保管し、それを村人達に基本的に見せないようにしていた最大の理由がそこにあった。破断が起きたとしても、壷を見たことのある人間が少なければ被害は広がらないはずだと踏んだためである。
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